餃子はいくらでも食べられる気がする
先日、友人たちと三軒茶屋にある「東京餃子楼」へ。
かなり久しぶりに行った気がする。
一人で食事をするのも好きだが、何人かで行くと、いろいろなものを少しずつ食べられるのがいい。
それぞれ好みも違うので、自分一人だったら頼まないようなものを食べる機会があったり、これ美味しいねなんて言いながらシェアしたり。
食事そのものだけではなく、そういう時間も含めて誰かと食べる楽しさなのだと思う。
そして私はパクチーが好きなので、パクチー餃子を注文。

ところが、まさかのその場にいた全員がパクチー苦手。
結果、パクチー餃子はほぼ私一人で食べることになった😅
好き嫌いというのは本当に人それぞれで面白い。
それにしても、餃子というものは昔からなぜか無限に食べられるような気がする。
焼き餃子、水餃子、揚げ餃子。
同じ餃子でも調理法や具材が変われば、また別物のように食べられる。
ご飯にも合うし、お酒にも合う。
考えてみれば、なかなか万能な食べ物なのかもしれない。
久しぶりの東京餃子楼。
やっぱり餃子は美味しかった🥟
