自信がない人ほど見落としやすい“自分の魅力”の見つけ方
自信がないときほど
自分の魅力は見えにくくなるのだと思います。
私も長いあいだ
自分にはこれといった魅力がない気がしていました。
目立つ才能があるわけでもない
誰が見てもすごいと言われるような実績もない
人と比べると、自分はどこか足りないように感じる・・・
そんなふうに思っていると
自分の中にある良さよりも
足りないものばかりが目についてしまいます。
もっとしっかりしていたら・・・
もっと自信があったら・・・
もっとわかりやすい強みがあったら・・・
そうやって
“今の自分にはまだ何かが足りない”
という見方ばかりしていました。
でも今振り返ると
自信がないときの私は
魅力がなかったわけではなく
魅力を見る視点が、すごく厳しくなっていたのだと思います。
自信がないと
魅力を「すごいもの」だと思いやすくなります。
人より飛び抜けていること
誰かに認められるもの
数字や結果としてわかりやすいもの
堂々と胸を張って言えるもの
そういうものだけを魅力だと思っていると
日常の中にあるやわらかな良さには
なかなか気づけません。
たとえば
人の話を自然に聞けること
相手の気持ちをくみ取れること
空気の変化に気づけること
難しいことをわかりやすく伝えようとすること
相手が安心できる言葉を選ぼうとすること
こういうものは
派手ではないかもしれません。
でも、誰かにとってはとても大きな魅力になることがあります。
私は以前
人の気持ちを感じすぎて疲れることが多かったので
感受性の強さを
どちらかというと弱さだと思っていました。
もっと気にしない人になれたらラクなのに
もっと鈍感だったら傷つかないのに
そんなふうに思ったこともあります。
でもあるとき
その感受性があるからこそ
相手の言葉の奥にある気持ちに気づけたり
相手が安心できる関わり方を考えられたりするのだと気づきました。
もちろん
強すぎて苦しくなる場面もあります。
けれど
それはただの欠点ではなく
使い方や整え方によっては
誰かの力になれる面でもあるのだと思えたんです。
それから少しずつ
自分の見方が変わっていきました。
魅力というのは
大きく見せるものではなく
その人らしさの中に、静かににじんでいるもの
なのかもしれません。
そして、自信がない人ほど
自分にとって当たり前のことを
魅力だと認めにくいのだと思います。
自然にできることは
自分の中では「普通」に感じてしまうからです。
でも
その“普通にできること”が
別の誰かにとってはすごくありがたいこともある。
ここが、自分では見落としやすいところです。
私は、人の強みを見つけることが比較的自然にできます。
でも昔は、それを特別なことだとは思っていませんでした。
ただ、相手の話を聞いて
この人の良さはここにあるのかもしれない
この人の力はこういうところにあるのかもしれない
と感じていただけでした。
けれど
それを伝えたときに
「そんなふうに言ってもらえたの初めてです」
「自分では気づいていませんでした」
と言ってもらえることがあって
そのとき初めて
ああ、これも私の魅力のひとつなのかもしれない
と思えました。
魅力は
自分ひとりで探そうとすると見えにくいことがあります。
だからこそ
人からよく言われること
感謝されること
つい自然にやってしまうこと
苦なく続けられること
こういうところを見てみるのは
とても大事だと思います。
大きな長所でなくてもいい
完璧でなくてもいい
目立たなくてもいい
その人らしさがにじんでいるものは
ちゃんと魅力になり得ます。
もし今
自分には魅力なんてないと感じているなら
それは本当にないのではなく
まだ厳しい目で自分を見すぎているだけかもしれません。
魅力は
遠くにあるすごいものではなく
いつもの自分の中にあることも多いです。
少しだけ見方をゆるめて
「何が足りないか」ではなく
「私の中に、もともとあるものは何だろう」
と考えてみる。
そこから
自分への印象は少しずつ変わっていくのかもしれません。
自信は
最初から満ちている人だけのものではなく
自分の魅力に少しずつ気づいていく中で
育っていくものだと私は思っています。
だから焦らなくて大丈夫です。
あなたの中にも
まだ言葉になっていない魅力が
きっと静かに息をしているはずです。
