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『ミサイルマン』

すごいものを観ました…。

こっそり追いたい好きな俳優さん、塚本さんのポストでこちらの作品を知りました。ちょうど一年前に観た『朝ドラァ!』は刺さりすぎて、ベストオブ2023に入っちゃうくらいお気に入りの作品です。その団体様による、スパイ×核爆弾×ボリウッド…!?!?今回も要素てんこ盛りで、もう絶対楽しいでしょ…!というのが観る前からわかる。しかも大好きな塚本さんでこれを観られるんでしょ…!?絶対観たい!!!!と、意気込みつつ、劇場に向かうスケジュールを確保できないことに落ち込みつつ…結局配信で救われた命です。(配信してくださり本当にありがとうございます…!)

きっとかなり笑顔になれちゃうんだろうな…!とウキウキで観始めたのですが…アレよアレよという間に事態が変わりまして、とんでもない疲労感と共に終幕。しばらく椅子から立ち上がれませんでした。

とんでもないものを観てしまった…。観劇をして、「言葉がない」という感覚は久しぶりです。言語の限界を感じる。「すごかった…」しか言えなくて、身内に何度も何度も、「やばかった、すごかった…!!」と繰り返してしまいました。
軽いノリで観られそう!という予想とは全く違ったけれど、その分、物凄く入り込んで観ることができました。かなり骨のある作品。お芝居ではありますが、場面や時代の切り替えなどの演出が巧妙だからか、脳内で極々自然に風景や背景を補完していたようです。舞台上に存在しているもの以上に受け取る情報(ある種の視覚情報とも言えます)が多く、まるで超大作の映画を観たかのような感覚でした。

正直にいうと、視聴するまではてっきり、この物語は主人公サイドの「ミサイルマン」と、核兵器を隠し持つインドゲリラ戦線「ソネット」の二項対立だと思っていました。そうして大抵の映像作品がそうであるように、主人公サイドが正しく、武装するゲリラ集団は野蛮である…と想像していました。ですから開幕すぐに描かれたソネットの面々の様子――捕虜に残虐な行為を行なっている一方、星に感動したり恋をしたり、楽しく踊ったりする様子――彼らが私たちとは何も変わらない感覚を持っている事実を突きつけられ、少し面食らいました。よく考えれば(よく考えなくても)わかることなんです。旧式の武器をかき集めて、いわゆる「女子供」までもが前線に立つ…。はっきり言って限界です。そんなこと誰だってしたくないはずなんです。友人とふざけて笑い、夢を語らう日々の中に、こんな血生臭さが張り付いて、日常を形成している…それを「異常だ」と思える自分は、平和ボケしていたのだろうと思います。
「誰が悪い」とも、「責任は誰にある」とも言い切れぬまま、物語は進んでいきます。「生み出してしまった、作ってしまったが最後、捨てられない」。文字にしてしまえばひどく滑稽だけれど、現実と地続きのSFはフィクションなんて言葉で片付けられるものではなく、そこにあるのは紛れもなくリアルなんですよね。使うことも捨てることもできない厄介なゴミを片付ける…これがこの舞台の大筋ですが、人の身勝手さが怖くなると同時に、使命を果たすべく奮闘する人たちの可能性に目頭が熱くなりました。深く、心に突き刺さる作品でした。

上手く言語化できないまま、ここまできてしまいましたが…。
「核兵器を落とされた国」としての小学校教育レベルの歴史は知っています。「戦争反対」はその通りですし、メディアで気まぐれに報道される世界の情勢を痛ましいと思う心もあります。ですが、その先に目を向けようとしなかったこと、知らないまま漠然と平和を願っていたことを恥じました。物語のエピローグで語られる、決まりの悪い真実。戦争経験者の高齢化に伴い、あの時代の恐ろしい体験を語れる人も年々減っています。そのなかで、私たちには何ができるのだろう。「知る」ということは、意志を持つことの最初の一歩であると信じ、目を背けずにいたいです。
舞台『ミサイルマン』、良い意味で裏切られ、衝撃的な作品でした。

(p.s.  殺陣、とんでもなくない?役者様バチバチに動けるし、推しさんが格好よすぎて宇宙猫顔しちゃった…。かと思ったらダンスもとんでもなくない?推しさんは普段ひらひらした布を纏って踊ることが多いから、四肢の動きがはっきりわかるミリタリースーツでのダンスにドキドキしました…心臓が痛いよ。)

『ミサイルマン』
2024.11.16(土)
オンライン視聴

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