レフト イズ ライト 令夫人の忘れもの あるいは 裏切られた世代 Betrayed Generation 第三話
(創作大賞2025応募作品)
え?神野さんたちと何か約束をしていただろうか?
「え? なんですか?」
樺沢さんの方を見ると笑顔で後頭部に手をやってすこし頭を下げた。申し訳ないと言いたいようだ。ぼくは二人について歩きながら、先の展開を考えたが、見当もつかない。
「えーと、どこに行くんですか?」
「公園だ。岩男は週に一回 NPOの弁当配りを手伝っている。今日は二人欠員が出たらしい。それでわたしに相談があった。この時間 こいつの他に帰宅するのはわたしと宇羽川 お前だけだ。だから、お前も行くんだ」
簡潔にして要を得た回答。感情に訴えようとか取引をしようとかまだるっこしいことは一切ない。既に外堀は埋められた。納得するしかない。あとは、ぼくが用事がないと言い出さなければ、このオペレーションは進行していく。そして、数日前にぼくは、最近暇だということを氷見さんに口走ったことを思い出した。氷見さんは人間拡声器、ホテル専任アナウンサーとも言うべき噂好きだから、今日ぼくになんの用事もないことは、神野さんにも伝わっているはずだ。打つ手なし。
「氷見さん......」
小声でボソッと呟くと、振り返った神野さんに フフンと鼻で軽く笑われてしまった。すべて見透かされている。
「氷見もボランティア活動はしているぞ」
神野さんが意外なことを言うので、なんだろうと興味を引かれた。そうだろ? と話を振られた樺沢さんが氷見さんのことを話し始めた。
「氷見さんは最近 本を公園のベンチに置いているんですよ。今から行くところだけじゃなくてですね。もうあちこちの公園に置いていて。私なんかはそんなことを思いつきもしなかったんですけど、氷見さんはすごい。公園で暮らしている人だけじゃなくて、もう世の中の人みんなに本を読んでほしいんでしょうね」
たしかに氷見さんならそんなことをしそうな気がする。そもそも氷見さんがおしゃべりなのは、自分が仕入れた情報をたくさんの人に届けたいからなのだろう。けれど、図書室に来ない人とは話せない。それで本を置くことを思いついたのかもしれない。それとも元書店員か元出版人で、本の普及活動ということなのだろうか。いづれにしても、知らない人に本をどうぞと言われたら怪しいので、こっそり置いて帰るのだろう。もちろん忘れものかと思われて長い間置かれたり、野ざらしになって傷んでしまわないように、なにか、例えば、どうぞ本のプレゼントです、お持ちくださいのようなメモを表紙に張り付けているのだろう。
ぼくはある新聞記事を思い出して、言った。
「そう言えば、日本では公園で暮らしている人の教育程度が高いって聞いたことがあります。学歴だけではなくて、読む本のレベルが高いそうです」
樺沢さんはNPOの活動を通じての経験からなのか、こんなことを言った。
「教育は社会に貢献するということもありますが、結局は自分の成長のためですから。社会と距離を置いて公園で暮らしている人たちが 社会貢献を考えないで、日々の生活の中で自分の関心に基づいて本を読むのは自己成長という意味では自然な気がしますっ」
ぼくは樺沢さんが珍しく的を射たことを言うので、感心して じんわりした感覚を長く胸にとどめていた。
「それで、氷見はどんな本を置いているんだ」
おそらくぜんぜん感心も感動もしていない神野さんがいつも通りの冷たい声で樺沢さんに訊いた。
「文庫だと小説です。森見登美彦の『ペンギン・ハイウェイ』に、宮下奈都の『羊と鋼の森』に、あとは小川哲の『君のクイズ』、それから原田マハの『楽園のカンヴァス』でしたかね。ここらへんは私も読んだことがあるので憶えています」
基本的に置いている本は文庫一冊なのだと言う。ただし特定の大きな公園では、数冊置いているそうだ。
「単行本や新書だと哲学、歴史、人類学、えー あとは福祉とか心理学とか、政治とか、経済、こないだは宇宙工学の本を持って行くって言ってましたよ。氷見さんから聞いたタイトルは忘れてしまったんですが、私が公園で見かけた本なら」
そう言って、樺沢さんは 憶えている限りのタイトルも教えてくれた。
「わざわざ手に取って数冊すべてのタイトルを見たんですか?」
ぼくが意外だなと思ってそう訊くと
「え だって座るとちょうど左側に置いているから。文庫は一冊なので、立って見ましたけど」
樺沢さんが言ったことから、特定の大きな公園でだけ、特定の人に向けて本を置いているのだということがわかった。小さな公園では文庫を一冊、右側に置く。右利きの方が人数が多いので、これは紙の本普及という目的に沿っている。一冊なので、立っていた樺沢さんからも、表紙のタイトルは読み取りやすかっただろう。大きな公園では、座るとちょうど左側に本があるというのは左利きにとっては手に取りやすい。そして左利きは日本人の一割くらいの人数だ。しかも樺沢さんの話では、テーマの近い本が数冊ということなので、氷見さんはその公園で本を手に取る人の好みを知っているということだ。公園で知り合ったか、すでに図書室で会ったことのある誰かのためなのだろう。ただ氷見さんはお喋りではあるが、人見知りでもあることを考えると、公園で誰かと知り合うことは考えづらい。公園に住んでいる人も、外から来る人のことを警戒するだろう。つまり、氷見さんの意中の人は、ザ レフト ホテル神山の図書室を利用していたが、最近来なくなった人。そして、氷見さんが紙の本普及活動を始めたころに泊まりに来なくなった人ということだ。ぼくは令夫人のイメージを思い浮かべた。令夫人はこの二年間、カフェを利用はしても図書室には行かなかった。当然だ。宿泊するゲストが持っているカードキーでだけ、図書室の扉が開くのだから。そう言えば、令夫人はホームレス支援にも力を入れていると聞いた。氷見さんの協力で公園に本を置いたり、今回のようにお弁当配りもしたことがあるのだろうか。
樺沢さんが挙げたような単行本や新書のタイトルの本は値段が高そうだ。古本屋の100円本コーナーにも置いていなそうなので、公園で暮らしている人には なかなか読めないのかもしれない。
「あと、宗教の本は置かないって言ってました。宗教はお金目当てという団体が多いから、公園で暮らしている人を勧誘なんてしないんでしょうけど、変な思想に はまってもいけないだろうと言ってました」
公園で暮らしている人を助けている宗教系の慈善団体もあるだろうけど、と思っていると、神野さんが言った。
「だいたい宗教って、あの世で救われることが目的なんだから、現世で人を助けてどうする?」
「善行をすることで、自分が救われやすくなるんじゃないですか?」
ぼくがそう言うと、
「なんだ、やっぱり善行ポイントを溜めているのは自分のためか」
神野さんはつまらなそうに言った。何も行動しない正義感の強い人よりも、偽善者が1億円くれるほうが助かる。だから 何もしないよりはいいと思うけれども、なにか釈然としない。理想と現実の関係は難しい。
「その点、岩男は使命感、わたしは暇だから、そして宇羽川は優しいから弁当を配りに行く。ははは どうだ。わたしたちは なかなかのものじゃないか」
そう言うと、神野さんは胸を張った。ぼくは神野さんに強引に誘われて断る理由もないからついていくだけで、優しいからではないんだけどなあ。そう思ったが、神野さんが、いやお前は優しいと言ってくるのがわかっているので、ぼくは何も言わずに歩いた。
高級ホテルのゲストと、ホテルに一生縁のない人たち。この差を生んだものも、いつどこで生まれたかという運なのだろう。本を読むと他人の人生や考えが書いてあるので、そういうこともよくわかる。もしかしたら、氷見さんは今の状況はあなたたちのせいではないということを知ってほしくて、本を置いてもいるのだろうか。そして、生きることは権利で、この社会のせいでこうなっているのだから、生活保護を申請することに後ろめたさを感じないでほしいとも。これは考えすぎだろうか。
三人それぞれが思い思いに 宇田川を離れて薄暗くなった坂を上がっていく。
「樺沢さん」
ぼくは後ろから大きな背中に呼びかけた。
「氷見さんを誘ったこともあるんですか?」
「うーん。氷見さんは団体でというよりも、個人でこっそりひっそりという人ですから」
人見知りということだろうか。樺沢さんは岩男という綽名なのに、人間の心情を観察するのが得意で、いつも感心していまう。ぼくは思考を推理するのは得意だけど、他人の心情や感情はよくわからない。そうこうしているうちに渋谷公会堂前の石畳に駐車したキッチンカーの灯が見えてきた。
「あれが団体の車です」
樺沢さんが灯の方に左腕を突き出した。
「へえ」
「ほお」
神野さんはおいしそうな匂いに鼻をひくひくさせている。
「スパイスの匂いがすごいな」
「今日はカレーと、焼き鳥がメインだそうです」
カレーと聞いて、そんなに食に興味がないぼくまで唾が出てきてしまう。
「私たちの分はありませんけどね」
樺沢さんの一言に、神野さんだけでなく、ぼくもあからさまに愕然とした顔をしてしまう。
「そ そういう主旨だしな」
珍しく悔しさがありありと出ている声で神野さんが言うと、樺沢さんがにっこり笑った。数人が並んでいるキッチンカーの近くで折り畳み椅子に座っていた43歳か45歳くらいの男性が、樺沢さんを見て、立ち上がった。髭を生やしているから年齢を特定しにくい。右手を挙げてぼくら一行を迎えた通称ヒゲダルマさんは このNPO団体の代表で、キッチンカーのシェフでもあると言う。
「よく来てくれたね」
ヒゲダルマさんはそう言うと、右手を差し出した。一人一人と握手を交わし、ぼくの番が回ってくる。右手で握手をするのは変な感じで、相手の体温や手の柔らかさを感じ取ったり、表情を観察する余裕がなくなってしまう。彼の話によると、団体はこうしてキッチンカーで都内を巡回しつつ、その売り上げで公園で暮らしている人向けの弁当の費用を賄っているのだと言う。メニューも同じだし、そんなに大変ではないと言う。
「ただね。公園のなかって車じゃ行けないし。何か所かに散らばって暮らしているからさ、手分けしないとね。だいたい食事の時間てみんな決まってて、夜にレストランの裏手だとかでフードロスの解消に努める人もいるし、すこし余裕のある日は夕方にスーパーの見切り品を買いに行く人もいるね。人間 尊厳も大事だからさ。で、出かける前に配らないといけないから、今の時間なんだ。あとは、夕闇の公園だから見回りも兼ねて、三人一組って決めてるわけ」
レストランのかき入れ時は9時くらいに終わりそうだから、余りものの廃棄となると、そのくらいの時間だろう。それでは夕飯には遅すぎる。スーパーの弁当なら夕飯前や仕事帰りの人が立ち寄る夕方からが多いだろう。そうなると、今このタイミングでしか配れないというのも納得だ。
「それにしても、公園で暮らしていても、お金のある人は早く夕飯を食べられるし、ない人は自尊心を削って、しかも夕飯が遅くなるというのは、資本主義の負の側面ここに極まれりだなあ」
小さく独り言を言ったつもりだったけれど、ヒゲダルマさんに肩をポンと叩かれた。聞かれていたようだ。思わず周囲を見回すと、樺沢さんは公園のある遠くの森を見つめていて、神野さんは相変わらず冷たい目でぼくを見ている。うん、いつも通りだ。
マチに幅があるトートバッグを持たされ、そこにカレーの弁当、焼き鳥の弁当が手早く入れられていく。湯気が立ち上って、鼻に心地いい。トートバッグがいっぱいになると それなりの重量だ。これならたしかに人手が足りないと困るかもしれない。準備が終わると、キッチンカーは他のスタッフに任せて、総勢12人が公園に出発する。
歩道橋を渡って、公園に入る。ヒゲダルマさんの説明では
「この公園は夜も施錠されていないんだよ。一応、管理事務所には話を通しているけどね」
とのことだ。
すこし歩くと、樺沢さんが集団を離れて 灯に照らされたベンチに早足で向かっていく。そして両手に持った弁当の入った袋をベンチにドサッと置くと、背負ったバッグを下ろし、左手で本を数冊取り出して、ベンチの右端に置いた。ぼくは近づいて行って、
「なにをしているんですか?」
と訊いた。樺沢さんは氷見さんに頼まれたのだと言う。ぼくは違和感を問いとして口に出してみた。
「氷見さんに置き方を指示されませんでしたか?」
「え? あ そうでしたー」
樺沢さんは本を左端に置き直すと、座った時に読みやすいように向きも入れ替えた。やはりそうだ。樺沢さんは不思議そうにぼくを振り替える。
「どうして? 宇羽川くんは超能力者?」
神野さんも近づいてきていて同調する。
「ほお お前は超能力者だったか」
「え どうしてそうなるんですか。違いますよー」
「他の公園に置いてある本は一冊で、ここにだけは単行本を左端に数冊って、樺沢さんが言っていたじゃないですか」
「そう言えば、そうですねえ」
この公園にだけは、左端に数冊という特徴がある。つまり、特定の誰か、左利きの人に向けて置いているのだとわかる。本の内容も、その人に合わせたものだろう。そう説明すると、神野さんが言った。
「レフト イズ ライトだな」
レフト イズ ライトはザ レフト ホテル神山のモットーだ。左利きが正しいという意味もあるが、そう この場合も左側に本を置くのが正しい。
芝生の広場に入ると、代表のヒゲダルマさんが「じゃ、ここで別れよう」と言った。班ごとに配るのはいつものことなので、たぶんぼくらに聞かせるために今日はわざと口に出したのだということがわかる。
いつのまにか班分けは済んでいたようで、ぼくと神野さんはヒゲダルマ代表と一緒の班になった。知らない人二人と一緒の班にしないというのは、ありがたい配慮だ。樺沢さんは勝手知ったる仲間と一緒になっているらしく、ぼくらに「じゃ、お願いします」とお辞儀をして、芝生を先へと進んで行った。
ぼくらはしばらく別の方向へ芝生を歩いてから、森の闇が深くなっている一角に入っていく。すこし歩くと、小屋らしきものが見えてきた。ブルーシートが屋根や壁にかかっている。雨をしのぐためのものだろう。
この一角には七軒の小屋がある。代表は小屋に近づくと、小声で主の名前を呼んだ。名前と言っても「先生」とか「ねえさん」といったような明らかに渾名とわかるものもあれば、本名かもしれないと思わせるものもあった。返事がないと「起きてる?」「いないかなあ」などと言って、それから次の小屋へと移る。返事があれば、「弁当持ってきたよ」と言い、すこし開いた入り口の隙間から弁当を差し入れる。無言で受け取る人もいれば、「おう」と一言の人もいる。鼻にかかった声で丁寧にお礼を言う女性は、ほつれた袖から見える細い両手で受け取った後、右手首をかいていた。かと思えば、日焼けした両手でユーモアを込めて、「ははあ。ありがたき幸せ」などとうやうやしく受け取る若い男性もいる。この人も身体をしゃっしゃっと全ての爪を使ってかいている。蚊の多い時期に公園暮らしというのは大変なのだろう。もうすぐ夕飯時の時間は蚊も多いので、ぼくの顔のあたりにもぷーんという汗を出させる音が響いて、思わず顔をのけぞらせてしまう。それにしてもここで暮らす人の部屋には蚊帳というものはないのだろうか。ちらっと見える各々の部屋には、畳まれた布団や、『格差社会を越えて』などの硬い本、大きなバッグ、破れた傘、畳まれたくすんだ色の服、なにかのロゴが入ったマグカップなどが置いてある。マンガやノートパソコン、冷蔵庫、エアコン、机、椅子、ポスター、カレンダーなどは見当たらなかった。ここには二人の女性がいたが、男性の小屋とは違い、アクセサリーのようなものが見えたり、天井の照明におしゃれな笠がかぶせてあったりした。
たいていの人は弁当を受け取ったら終わりで、顔も見せないが、笑顔で代表と会話をする人もいた。その人もまけじと濃いヒゲなのだが、ヒゲダルマさんは、その人に、不在らしき小屋の主について質問をしている。不在でも当日中に帰ってきそうだということで、弁当は小屋の中に置いていく。外だと野生動物に食べられてしまうからだろう。代表がぼくらを振り返って、ヒゲさんに紹介してくれているので、ぼくと神野さんはお辞儀をした。その人は笑顔で軽く手を挙げた。なんだか親しみやすそうないい笑顔だった。
七軒分が終わったので、ぼくらは別のエリアに足を向けた。歩きながら代表がどちらへともなく話しかけてくる。
「俺たちは食糧系のNPOだからさ、弁当を届けるだけなんだけど。他にも健康系や住居系、労働系の団体もあってさ。お医者さんが巡回して、ちょっとした健康診断をしてくれたりもするわけ。ここで暮らしている人って、健康保険入ってないし、病院は金がかかるし、人間扱いもされないから病院嫌いな人多くてね。住居系ってのは、もうここの生活がしんどくなった人に住居を世話する団体ね。労働系は日雇いの仕事を紹介する団体。仲介料なんかは取らないよ。そういう団体とのつながりが、社会とのつながりになっているし。 なんて言うかなあ。うん、結局、孤立しては生きられないんだよね。もちろん、こっちはお節介でやってることだから、あっちはあっちでお節介めと思っていることもあるんだろうけど。うーん。ぜんぜんつながらないのってさびしいよ。だから、お節介」
困っているのに助けてと言えない相手を見て、手を差し伸べてしまうのは、ぼくもおなじだ。ぼくは明らかに困っている人しか助けないので、お節介ではないけれど。それにぼくはその場でできることしかしない。そこがヒゲダルマさんたちは違う。
どうしてこの活動を始めようと思ったんだろう? 理念? 自分の経験? 知り合いが公園で暮らしたことがある? もしも自分の経験だと言われたら返す言葉もないだろうから、ぼくは質問はしなかった。
公園に住む人も毎日食事を確保するとなると、大変だろう。一週間分をまとめて手に入れて、冷蔵庫に保存という人もいるのだろうか。そう思って、今どきは太陽光発電で電灯だけでなく、冷蔵庫くらいは何とかなるのかと質問してみたが、代表によると、そのくらいの発電量となると、太陽光パネルの値段が高いので、手が出ないらしい。自然に優しい暮らしにも貨幣経済はついてまわるということか。ほとんどの人は端末も持っていないらしい。つまり、福祉や仕事の情報も伝手、口頭ということになる。まるで昭和のようなネットワークだ。
いくつかのエリアを回ると、エリアごとに個性があることに気付いた。
男性だけのエリアはアルコールと煙草をたしなんでいる人が多いようで、小屋の中も乱雑な気がした。また、エリアごとにリーダー格の人がいるようで、タイプも違う。静かな声で話す調整型だろう人や、すべて一人で決めていきそうな大きな声で自信ありげに見せる人などがいた。そうした要素が絡み合って、ぼくにはエリアごとの個性に見えているようだった。
どうして公園で暮らすようになったんだろう。一人一人に理由があるのだろうが、好きでそうしている人もいるのだろうか。ぼくが問うと、ヒゲダルマさんは色々な人がいると前置きしたうえで、自分の考えを話してくれた。
「この監視社会、労働が義務で、組織にがんじがらめにされて命令されて、自分の時間も持てなくて、学歴社会が嫌だって言う人もいるよね。けど、公園では食べ物や夏の酷暑、冬の寒さがあるからね。人工的なツラさと、自然のツラさ、どっちがましかを比べた時に、ここの人たちは自然のツラさを選んだんだね。人工的なツラさは精神的にきついから、自分を保てないし、自殺する人もいる。自然のツラさは肉体的にきついから、健康を害して死ぬ人もいる。熱中症とか凍死とかね。いじめや虐待で苦しんでいる人には、シェルターや児童養護施設もあるけど、そういう人工物には職員の人の温かさもある」
この公園で暮らしている人は、ヒゲダルマさんたちと交流することで、人の温かさに触れているのかと得心した。
担当のエリアすべてに弁当を配り終えると、ぼくらは入口のところに戻っていった。他の班はまだ戻っていない。それで臨時の二人がいるから、一番距離の短い担当にしてくれたのだと推察した。ぼくらの班で余った弁当は一つ。
「日雇いの仕事と言ってもね、いろいろあるの。その余った弁当を渡すはずだった人は、遠くのイベント会場で徹夜で並ぶ仕事だね。代わりに並んで3000円だったかな。人気のライヴってチケット取れないんでしょ? 俺はよく知らないけどさ」
「この弁当ってどうするんですか?」
「俺が食べる。まだ冷めてないし。いやー、でもここの人たちは温かいものってめったに食べられないからさー。食べてもらいたかったなあ」
フードロスになるはずの食べ物をレストランからレスキューして食べるとなると、もう冷めているだろうし、なるほどたしかに金がなければ、温かいものは口にできない。
樺沢さんをはじめとして他の班も戻って来て、誰が受け取っていないとか、あの人は体調が悪そうだから他のNPOに連絡しておこうだとかを話しあっている。50メートルくらい離れたところで、灯に照らされたベンチでは公園に住んでいるらしき男性が本を両手で持って読んでいるのが見える。ぼくがじっと見ていると樺沢さんが近寄って来て、
「あの人ですかね?」
と小声で言ってくる。
「どうでしょう」
氷見さんがあの人のために選書したのかどうか、ぼくにはわからない。わかるのは、小屋よりも明るいので本を読みやすいだろうということくらいだ。
公園を出ると、ヒゲダルマさんがぼくらをキッチンカー前での夕飯に誘ってくれた。スタッフの分はないと聞いていたのだけれど、今日はあるらしい。出掛けた時と違って、キッチンカーには数十人を超える列ができている。
「選挙が決まったから区役所の人たちも忙しくなってうちのキッチンカーでさっと買ってさっと食べてるわけ。あとは渋谷公会堂でイベントがあると開演時間前に買っていくお客さんもいるわけよ。でも、そういうのって人数が読めないんだよね」
社食でもそうだったが、ここでもフードロスをなくすためにぼくはカレーを食べるということか。おいしそうだからいいけど。大盛りのカレーを手に、闇に沈む丹下健三の作品と、その奥に控える森の暗がりを見遣る。
「樺沢さんはどうしてボランティアを始めようと思ったんですか?」
さっきはヒゲダルマさんに訊けなかった質問だが、樺沢さんにはどうしてだか訊くことができた。
(第四話はこちら)
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