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✴︎【奇跡ノート・14】意味を与えようとする狂気

理解しようとすること自体が罠


前回、ACIMから引用した言葉は、これやった。

“That is all the world of the ego is.”
それが、エゴの世界のすべてや。

“Nothing.”
何もない。

“It has no meaning.”
意味はない。

“It does not exist.”
存在してへん。

でもな、そもそもこの世界を「理解しようとする」こと自体が、罠かもしれへんで。

ACIMは、さらにこう言う。

“You cannot make the meaningless meaningful.”
無意味なものを、意味あるものにすることはできひん。

“This can only be an insane attempt.”
それは、狂気的な試みでしかない。

この世界を、
「きっと意味があるはず」
「学びがあるはず」
「魂の成長のためなんや」
そうやって理解しようとすること自体が、エゴの世界を正当化してまう。

苦しみを「意味あるもの」にしようとする。
我慢を「尊いもの」にしようとする。

それは、存在してへんもんを、存在させ続ける行為でもあるよな。

エゴは巧みに囁く。
「でも、ええこともあるで」
「夢を見てる時間は美しいやろ」
「全部つながってるやん」
そうやって、ボクらが真実に近づきそうになると、やさしい言葉で、また眠らせる。
そして人は、眠ったまま、この幻想の世界を生き続ける。


違和感を抱く子どもたち


けど今、この世界がおかしいことに気づく子どもたちが増えてる。
「不登校」と呼ばれる子どもたちや。

今は「不登校」って言葉があって、そういう選択があることを、子ども自身も知れる時代になった。
そして実際、学校へ行かへん選択をする子どもも増えてる。
ボクはこれは、ある意味、希望の光やと思ってる。

もちろん、当人はめちゃくちゃしんどいやろうし、周りの大人から理解されへんことも多いやろう。
それでもなお、「なんかおかしい」と感じ取れる感性は、ほんまにすごいことやと思う。

「生活のため」という理由だけで、同じことを繰り返して生きてるボクら大人は、一度、立ち止まって考える必要があるんちゃうやろか。

なぁ。
ほんまに、それでええんか?


Lesson 11 — “意味のない世界を見ている”と気づく


ワークブックの Lesson 11 に触れとくな。

“My meaningless thoughts are showing me a meaningless world.”
意味のない私の思いが、意味のない世界を見せています。

このレッスンで、ACIMは初めて「内と外の逆転」をはっきり示す。

世界がボクらを作ってるんやなくて、ボクらの思いが世界を作ってる。

つまり、世界は原因やなく結果。
その原因は、ボクらの“心”にある。
これに気づくことが、赦しの始まりになる。

目を閉じるのは、内側に気づくため。
目を開けるのは、外の世界に映っている思考を見るため。

どっちも同じもの。
心の映像や。

「意味のない思いが、意味のない世界を見せている」

そうやって、少しずつ、世界の見え方が変わっていく。



今日はこのへんで。
読んでくれてありがとうな。
ほな、またね。

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