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✴︎【奇跡ノート・13】我慢して生きる世界の正体

我慢が「当たり前」になっている世界


昔、ある人にこんなことを言われた。
「子どもが学校に行くんは、我慢を覚えるためや。大人になった時、嫌でも会社で働くための練習やな」

それを聞いたとき、ボクは強烈な違和感を覚えた。
「人生って、我慢して生きて、我慢して働いて、最後は死ぬためにあるんか?」
でも、その場では何も言わんかった。
その人はそれを信じて、毎日我慢して生きてる人やったから。

この日本という国では、同じように考えてる人が、かなり多いんちゃうやろか。

我慢は美徳。
今は報われなくても、いつかきっと報われる。
みんなが頑張ってるんやから、自分も頑張らなあかん。
それが「普通」やし、「正しい」し、「当たり前」やって。

そうやって、死んだように生きて、やがて本当に死んでいく。
…だって、それが「世界」やから。


エゴの世界は「何もない」


ACIMの言葉を借りるなら、こうや。

“That is all the world of the ego is.”
それが、エゴの世界のすべてや。

“Nothing.”
何もない。

“It has no meaning.”
意味はない。

“It does not exist.”
存在してへん。

かなりキツい言い方に聞こえるかもしれへん。
でも、ボクにはこの言葉が、妙に腑に落ちた。

我慢して、耐えて、たまに小さな幸せと引き換えに、「これが人生や」と言い聞かせる。

それってほんまに、意味のある世界なんやろか?


Lesson 10 — “この思い、ほんまに自分のやろか?”と立ち止まる


ここで、ワークブックの Lesson 10 に触れとくな。

“My thoughts do not mean anything.”
私の思いには、何の意味もありません。

このレッスンで扱われてるのは、エゴの思考そのもの。

これまでのレッスンでは、
「見ているもの」
「今やと思っていたものが過去やった」
ということに気づいてきた。

Lesson 10 では、さらに踏み込む。

そもそも、自分が「考えている」と思っている思い自体が、本当の思考ではない。

頭の中を埋め尽くしてるのは、
「過去の記憶」
「反応」
「判断」
「防衛」
そんな、真の思考がない状態。

ACIMではこうも言うてる。

“your mind is really a blank.”
あなたの心は、ほんまに空っぽや。

そしてこの思考がない状態を認めることが、真に“見る”ための前提になる。

ここで求められているのは、無理に思考を止めることやない。

ただ、「あ、いま浮かんでるこの思い、意味なかったな」と、気づくこと。

それだけで、真の思考が入る余地が生まれる。



我慢が当たり前になっているこの世界。
それが「普通」やと信じて疑わへん世界。

でも、もしそれが、エゴが作った世界やとしたら?
もし、意味も実体もないものやとしたら?

その問いに気づいたところから、目覚めは静かに始まる。

続きは、また次で書こうと思う。
ほな、今日はこのへんで。
読んでくれてありがとうな。

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