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【伊豆文明と冨士文明ってこうじゃね?260511】


伊豆から富士、そして諏訪湖へ。

あの旅をしたあと、ずっと頭の奥に引っかかっていたものがある。

伊豆って、ただの観光地じゃないよな。
富士って、ただの霊峰じゃないよな。
諏訪って、ただの湖じゃないよな。

そして今回、いろいろな点が線になり始めた。

僕の中で、ひとつの仮説が立ち上がってきた。

伊豆文明と冨士文明は、あったのではないか。

しかもそれは、大和王権以前の日本列島に存在した、かなり古い山海の王権だったのではないか。


神津島の黒曜石から始まる

まず、入口は神津島だ。

神津島は、ただの離島ではない。

古代日本を考えるうえで、神津島の黒曜石は無視できない。

黒曜石とは、天然のガラスのような石で、金属以前の時代には、矢じり、刃物、槍先、道具として非常に重要だった。

その黒曜石が、神津島から本州へ運ばれていた。

つまり、文字が生まれるはるか前から、伊豆諸島と本州のあいだには、海を渡る人々がいたということになる。

これは大きい。

古代人は、海を怖がっていただけではない。
黒潮を読み、島を目指し、石を運び、交易していた。

そう考えると、伊豆は「東国の端」ではない。

むしろ、海から文明が入ってくる玄関だった。

神津島は、その玄関の奥にある“石の聖地”だったのではないか。


愛鷹山麓とアシタカの矢

そして、神津島の黒曜石は本州側へ渡る。

そのひとつの象徴が、愛鷹山麓だ。

愛鷹山。

この名前を聞いた瞬間、僕の中で一本の矢が飛んだ。

アシタカの矢である。

もちろん、これは学術的な断定ではない。

でも、『もののけ姫』のアシタカという名前と、愛鷹山麓の黒曜石が響き合うのは、あまりにも美しい。

アシタカは、鉄の文明へ向かう世界の中で、森と石の記憶を背負った若者だった。

『もののけ姫』は、森と鉄、神と人、縄文的世界と国家的世界の裂け目を描いた物語でもある。

そう考えると、アシタカの矢は、単なる武器ではない。

石器時代から続く、古代の記憶を宿した矢だったのではないか。

神津島の黒曜石。
愛鷹山麓。
富士の南麓。
アシタカの矢。

この連想は、僕の中で伊豆文明論の扉を開いた。


三嶋大社という核心

伊豆文明を考えるうえで、絶対に外せない場所がある。

三嶋大社だ。

三嶋大社の御祭神は、
大山祇命と、
積羽八重事代主神

この二柱を合わせて、三嶋大明神と呼ぶ。

ここが、ものすごく重要だ。

大山祇は、山の神とされる。
しかし、ただの山の神ではない。

山、森、火山、島、海上交通。
それらを束ねる、山海の大神である。

一方の事代主は、出雲の大国主の息子であり、国譲り神話に深く関わる神だ。

国譲りの場面で、事代主は大国主から判断を任される。
そして、国を譲ると答えたあと、姿を消す。

普通は、そこで事代主は神話の表舞台から退場したと読まれる。

でも、僕はそうは思わない。

事代主は死んだのではない。
大和王権の物語から消えたのだ。

そして、海へ出た。

恵比寿様として、日本中を巡った。
漁業、商売、交易、福徳の神として、民のあいだに広がった。

そして最後に、太平洋側の“出づる地”である伊豆に鎮まった。

そう考えると、三嶋大社に事代主が祀られている意味がまったく変わってくる。


なぜ出雲の神が伊豆にいるのか

ここで疑問が出る。

なぜ、出雲の事代主が伊豆にいるのか。

出雲は日本海側。
伊豆は太平洋側。

普通に考えれば遠い。

でも、海の文明として見れば話は変わる。

出雲は、日本海側の海洋王権だった。
伊豆は、黒潮に開いた太平洋側の海洋王権だった。

どちらも、海の民のネットワークを持っていた。

そして、名前も面白い。

いずも。
いず。

出雲。
伊豆。

もちろん、語源を断定するつもりはない。

でも、「いず」という音には、どうしても“出づる”という感覚がある。

日が出づる。
島が出づる。
湯が出づる。
神が出づる。
雲が出づる。

伊豆とは、まさに“出づる地”だったのではないか。

海から島が出る。
火山から大地が出る。
温泉が地中から出る。
黒潮から人と物が出入りする。
そして東の海から、日が出る。

その地に、国譲りで表舞台から消えた事代主が辿り着いた。

これは偶然とは思えない。


大山祇とは誰か

では、大山祇とは誰なのか。

僕は、大山祇を単なる山の神とは見ない。

大山祇とは、富士文明の長だったのではないか。

富士山を中心にした、山岳祭祀、火山信仰、水源信仰、海上交通、島嶼ネットワークを束ねる古代の王。

それが、神話の中で大山祇命として記録されたのではないか。

大山祇には、二人の娘がいる。

木花咲耶姫。
磐長姫。

ニニギは、木花咲耶姫と婚姻する。
一方で、磐長姫を拒絶する。

この神話は、単なる美醜の話ではない。

木花咲耶姫は、花のような繁栄と美しさ。
磐長姫は、岩のような永続性と不死性。

大山祇は、その二つをセットで差し出した。

つまり、富士文明側は、外から来た王に対して、
繁栄と永続性の両方を渡そうとした。

しかしニニギは、磐長姫を拒否した。

その結果、天孫の寿命は限りあるものになった。

これは、外来王権が富士文明のすべてを受け取れなかった、という神話ではないか。


富士山こそ高天原ではないか

ここで、さらに大きな仮説に入る。

高天原とは、富士山だったのではないか。

日本で一番天に近い場所。
それは富士山だ。

古代人が「神々のいる高い場所」を考えたとき、現実の山として最も強烈だったのは富士山だったはずだ。

にもかかわらず、記紀神話において、富士山は不自然なほど中心に出てこない。

これは、富士山が重要ではなかったからではない。

逆ではないか。

重要すぎたから、名前を隠されたのではないか。

記紀は、富士をそのまま富士とは書かなかった。

そのかわりに、
高天原
という神話名に変換した。

そう考えると、天孫降臨の意味が変わる。

天から地へ降りたのではない。

富士の高地祭祀圏から、地上の王権へ降りた。

高天原とは、空の上の抽象世界ではなく、
富士山を中心とする高地祭祀圏の暗号だったのではないか。


天竺から来た王子とニニギ

伊豆には、天竺から来た王子、あるいは外来神の伝承がある。

これは非常に気になる。

もちろん、歴史上のアショーカ王本人が伊豆に来た、という話ではないだろう。

でも、伊豆には、
天竺から来た聖王
南方から黒潮に乗って来た外来神
という記憶が残っている。

ここでニニギと重なる。

ニニギは、高天原から降りてくる。
そして、大山祇の娘である木花咲耶姫と婚姻する。

伊豆の伝承では、天竺から来た外来神が伊豆へ至る。
記紀では、高天原から来た天孫が富士文明の娘と婚姻する。

構造が似ている。

僕はこう思う。

天竺から来た王子の記憶が、記紀ではニニギとして国産化されたのではないか。

つまり、

天竺の王子。
伊豆への漂着。
富士文明との接続。
大山祇の娘との婚姻。
天孫の祖。

この流れを、そのまま書くわけにはいかなかった。

なぜなら、皇統の祖が天竺由来の外来聖王だと読めてしまうからだ。

だから記紀は、天竺を高天原へ変換した。

富士を高天原へ変換した。

外来王子をニニギへ変換した。

そう読むと、天孫降臨とは、
外来聖王が富士文明に接続した事件の神話化
だった可能性が見えてくる。


伊豆は紀伊半島のひな形


伊豆のYURAGIのゆら松店主が、面白いことを言っていた。

伊豆は、紀伊半島のひな形だ。
線対称だ。

これが、僕の中で引っかかっていた。

伊豆半島と紀伊半島。

たしかに、どちらも黒潮に開いている。
山が海に突き出している。
神社、温泉、火山、修験、異界感がある。
中央から外れた者が、再起する場所でもある。

紀伊半島には、伊勢、熊野、吉野、那智がある。

伊豆には、白浜神社、三嶋大社、伊豆山神社、磐長姫の神社、富士への軸がある。

白浜神社の位置は、伊勢に対応する。
磐長姫の神社は、那智・熊野に対応する。
伊豆から見た富士山は、紀伊モデルで言えば橿原・畝傍あたりに対応する。

そう考えると、伊豆は単なる半島ではない。

東国版の紀伊半島だったのではないか。

紀伊が大和王権の霊的裏口なら、
伊豆は鎌倉・小田原の霊的裏口だった。

熊野が大和の再起動装置なら、
三嶋は東国の再起動装置だった。



三嶋東国の再起動装置の話を、冨士を隠すために
熊野大和の再起動装置の話に置き換えていないか?


大和以前の王権

ここまで来ると、見えてくるものがある。

伊豆と富士には、大和以前の王権があったのではないか。

それは、都市国家のようなものではない。

縄文的な海洋ネットワーク。
黒曜石交易。
火山祭祀。
山岳信仰。
島嶼交通。
水源信仰。
南方からの外来聖王伝承。
出雲から流れてきた事代主の交易神格。
富士文明の長としての大山祇。

これらが重なった、山海の王権である。

僕はこれを、

古代縄文日本の最終進化形


のように感じている。

純粋な縄文だけではない。
弥生的な農耕も入り、出雲的な国譲りも入り、南方的な外来王の記憶も入り、富士の山岳祭祀も入っている。

でも、その根っこにあるのは、大和より古い日本だ。

石を運ぶ日本。
海を渡る日本。
山を神と見る日本。
火山を畏れる日本。
島を造る神を祀る日本。

その記憶が、伊豆と富士に残っていたのではないか。


大山祇王朝は討伐できなかった

では、大和王権はこの富士・伊豆王権をどう扱ったのか。

僕は、こう考える。

大和は、大山祇王朝を討伐できなかった。

蝦夷ほど遠くない。
でも大和そのものではない。

討伐対象にするには近すぎる。
完全同化するには強すぎる。

しかも、富士の番人である。

富士を守る者を敵に回すということは、
天を敵に回すようなものだ。

だから大和王権は、大山祇を敵にしなかった。

かわりに、親族化した。

ニニギが大山祇の娘を娶る。

これは、武力征服ではなく、婚姻による取り込みの神話だ。

大山祇は敵神ではなく、天孫の外戚神になった。

つまり、大山祇王朝は、

皇統の祖の分家、あるいは外戚のような形で、神話の中に封じ込められた


のではないか。

表向きには、別王権として認めることはできない。
でも、一目置かざるを得ない。

だから神にした。
だから外戚にした。
だから三嶋大明神として残した。


事代主を受け入れた大山祇

さらに重要なのは、

大山祇が事代主を受け入れていることだ

三嶋大社では、大山祇と事代主がともに祀られている。

これは、単なる合祀ではないと僕は思う。

富士・伊豆の山海王権が、出雲の国譲り後の神を受け入れた。

そう見える。

事代主は、出雲の文化、交易、農耕、言霊、合意形成の神である。
大山祇は、富士・伊豆の土地、山、火山、島、海路の神である。

この二柱が合わさることで、三嶋大明神になる。

つまり三嶋大社とは、
富士文明と出雲文明が同化した場所
だったのではないか。

出雲で国を譲った事代主は、伊豆で再び土地を得た。

大和に譲った神が、伊豆で受け入れられた。

これはとても美しい反転だ。


鎌倉へ、そして小田原北条へ

この伊豆・富士の古い王権は、消えたのか。

僕は、消えていないと思う。

形を変えて、歴史の中に何度も浮上している。

まず、源頼朝。

頼朝は伊豆の流人だった。
中央から外された者だった。
しかし伊豆から再起し、鎌倉幕府を起こした。

伊豆は、中央から外れた者が再起する土地である。

次に、北条早雲。

早雲は伊豆韮山から動き、小田原へ進み、後の小田原北条氏の基礎を築いた。

小田原北条は、単なる戦国大名ではない。

関東に独自の統治秩序を作った、東国型国家の原形に近い。

ここで、古代の地政学が再起動する。

富士。
伊豆。
箱根。
相模湾。
駿河湾。
三嶋。
小田原。

このラインは、古代からずっと重要だった。

神津島の黒曜石が本州へ渡った時代から、
三嶋大社の山海信仰へ。
富士文明と大山祇へ。
事代主の伊豆定着へ。
頼朝の鎌倉起動へ。
北条早雲の小田原国家へ。

この土地のOSは、何度も姿を変えて立ち上がっている。

だから、小田原北条氏は、突然生まれた戦国大名ではない。

大山祇王朝の地政学的な末裔
として読むことができるのではないか。

血が直結しているという話ではない。

土地の機能が継承された、という話だ。

伊豆・富士・相模の山海ネットワークが、戦国時代に小田原北条という形で再構成された。

そう見える。


伊豆文明と冨士文明ってこうじゃね?

まとめる。

伊豆には、海洋文明があった。
神津島の黒曜石を運ぶ、古い海のネットワークがあった。

富士には、山岳祭祀文明があった。
日本で一番天に近い山を中心にした、高天原的な王権があった。

その長が、大山祇だった。

そこへ、出雲で国を譲った事代主が流れ着いた。
事代主は死んだのではない。
大和王権の物語から消え、恵比寿として民の海へ出た。
そして伊豆に鎮まった。

さらに、伊豆には天竺から来た聖王の記憶がある。
その外来聖王の記憶は、記紀ではニニギとして変換されたのかもしれない。

ニニギは、富士文明の長・大山祇の娘である木花咲耶姫と婚姻した。
しかし磐長姫を拒んだ。

そこに、富士文明の取り込みと、取りこぼしがある。

記紀は、富士をそのまま富士とは書かなかった。
高天原という名で暗号化した。

大和王権は、大山祇王朝を討伐できなかった。
蝦夷ほど外ではなく、大和ほど内でもない。
しかも富士の番人だったからだ。

だから、外戚化した。
神話化した。
神にした。

そしてその古い東国の山海王権は、歴史の地下水脈として残った。

頼朝の鎌倉へ。
北条早雲の伊豆・小田原へ。
小田原北条氏の東国国家へ。

つまり、

伊豆文明と冨士文明は、大和以前の日本列島に存在した山海王権だった。
その記憶は、三嶋大社、大山祇、事代主、白浜神社、磐長姫、神津島の黒曜石、そして小田原北条氏へと姿を変えて残っている。

僕は今、そう読んでいる。

もちろん、これは学術論文ではない。

でも、現地を歩き、神社を回り、地形を見て、神話を読み直すと、どうしてもそう見えてくる。

日本史は、大和からだけ見てはいけない。

伊豆から見る日本史がある。
富士から見る日本史がある。
神津島の黒曜石から見る日本史がある。
三嶋大社から見る日本史がある。
小田原北条氏から逆算する日本史がある。

そして、その線をつなぐと、ひとつの古い王権の影が見えてくる。

それが、伊豆文明と冨士文明だったのではないか。

僕の中では、もうかなりそう見えている。

これが貴方にとっても史実で有れば良いなぁ。



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神原月見|言語化審神者(げんごかさにわ) 再び空を飛ぶ為の訓練費用に使わせていただきますm(_ _)m