【SNSデトックス 251015】

― 覚醒後の「祈空OS」で生きるということ ―
鬱で倒れてから、もう3年が経つ。
その日以来──僕はSNSをやっていない。
Facebook、インスタ、X。
アカウントはあるけれど、投稿はしない。
ただ見るだけ、完全なるROM専。
でも、まったく不便じゃない。
流行りのニュースはYahoo!JAPANのトピックで十分わかるし、
そこから先へリンクを踏むことも、最近は減った。
広告の5秒が面倒になってきたのもあるけれど──
それ以上に、「外側」に用がなくなったのかもしれない。
今の僕は、「内側」に繋がって生きている。
noteを書いているのは、自分のための備忘録。
発信してはいるけれど、自己承認欲求はもう、ほとんど無い。
読者の反応も気にしていない。
降りてきた言葉を、祈りと共に文字へと昇華させているだけ。
まるで審神者(さにわ)のように──。
“自分がやりたいこと”と、“天がやらせたいこと”。
そのふたつが、今はぴったりと重なっている。
だから、流れに身を委ねている。
仕組まれていたとしても──それが嫌じゃないから、抗わない。
急がない。
焦らない。
タイムラインはもう視えている。
それを「確定させる」ために、今日も動いているだけ。
収束点は──
2026年1月と、4月。
それは「社会の節目」ではなく、僕自身の「時間の特異点」。
そこに波紋のようなエネルギーを発生させるために、
僕は今日を積み重ねている。
その一歩として、明日と明後日はドローン操縦士の講習会へ行く。
まだ自分では飛べない。けれど、アバターを通して空を飛ぶ。
それも、思いつきではない。
直感に従った「最適行動」なのだ。
最近は、日々が“シンクロニシティの連続”だ。
偶然と必然の境目が、どんどん薄くなっていく。
気づけば、そんな暮らしが「祈空OS」になっていた。
SNSも、競争も、承認も、
もう僕には必要ない。
心静かに──
内側の神と繋がり、
額に祈りを灯し、
天と地を結びながら、生きている。
これが僕の今の暮らし。
名付けて、“祈空暮らし”。

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