【愛子天皇ルートを封じることこそ、国体維持である260603】

愛子天皇への道が、制度的に閉ざされようとしている。
そういう文脈の記事を読んだ。
女性皇族が結婚後も皇族に残る案。
旧宮家の男系男子を養子として皇族に復帰させる案。
そして、女性皇族の夫や子には皇族資格を与えず、皇位継承資格も認めない案。
これによって、愛子天皇誕生の可能性は閉ざされる。
記事では、そのことがかなり批判的に語られていた。
だが、僕はむしろ逆に思った。
愛子天皇ルートを封じることこそ、日本国の国体維持に繋がる。
これは、愛子さまを貶める話ではない。
愛子さま個人の資質を否定する話でもない。
ましてや、ジェンダー論でも、男女差別の話でもない。
ここを混同すると、皇位継承問題の本質を見失う。
愛子さまは、現在の皇室の中で非常に重要な存在だと思う。
天皇陛下と雅子皇后陛下のもとで育たれ、国民からも慕われている。
その所作、雰囲気、言葉、佇まいに、多くの国民が好感を持っていることも理解できる。
僕自身も、愛子さまを否定する気持ちはまったくない。
しかし、皇位継承の問題は、個人の人気や資質だけで決めるものではない。
これは、日本の国体の問題である。
皇室とは、単なる王家ではない。
単なる国家機関でもない。
単なる人気投票の対象でもない。
日本という国の深層に流れてきた、皇統の連続性そのものだ。
その皇統の中核にあるのが、男系継承である。
この一点を外すと、議論は一気に現代的な感情論へ流れていく。
「愛子さまは立派ではないか」
「女性だから認めないのは差別ではないか」
「国民の多数が女性天皇に賛成しているではないか」
「直系長子が一番わかりやすいではないか」
こうした意見は、現代社会の感覚としては理解できる。
しかし、皇位継承は、現代社会の一般的な会社や家庭の相続とは違う。
天皇とは、民主主義的な人気や能力評価によって選ばれる存在ではない。
選挙で選ばれるわけでもない。
世論調査で決めるわけでもない。
そこに、皇室という存在の特殊性がある。
そして、その特殊性こそが、日本国の国体の核でもある。
愛子さまが天皇になられる場合、それ自体は「男系の女性天皇」として整理することはできる。
歴史上、女性天皇は存在した。
だから、愛子さまご本人の即位だけを切り取れば、過去の例と接続できるようにも見える。
だが、本質的な問題はその次である。
愛子さまが即位された後、そのお子さまが皇位を継ぐことになれば、そこから女系継承になる。
ここが核心だ。
保守派が本当に警戒しているのは、愛子さま個人ではない。
女性そのものでもない。
男系の女性天皇そのものですらない。
本当に警戒しているのは、
愛子天皇を入口として、女系天皇容認へ制度が接続されること
である。
一度その扉を開けば、皇統の定義そのものが変わる。
それは、単なる制度改正ではない。
日本の国体の基礎部分に手を入れることになる。
だから、現在議論されている制度設計は、冷たく見えるかもしれないが、国体維持という観点から見れば筋が通っている。
女性皇族には皇族として残っていただく。
皇族数の確保、公務の担い手としての役割は維持する。
しかし、その配偶者や子には皇族資格を与えない。
皇位継承資格も認めない。
これは、愛子さまを否定しているのではない。
女系継承への制度的連鎖を止めているのである。
この違いは非常に大きい。
現代の感覚では、どうしても個人に目が向く。
愛子さまが相応しいかどうか。
悠仁さまが相応しいかどうか。
旧宮家の方々に国民的な認知があるかどうか。
国民人気があるかどうか。
もちろん、それらも無視できない。
しかし、皇位継承の本質は、個人評価ではない。
皇統をどう守るか。
天皇という存在を、どの原理で未来へ繋ぐか。
ここである。
「女性天皇」と「女系天皇」は、似ているようでまったく違う。
男系の女性天皇は、歴史上存在した。
しかし、女系天皇は存在しない。
ここを曖昧にしたまま、
「女性天皇に反対するのは女性差別だ」
という議論に持ち込むのは、かなり危うい。
これは女性差別の問題ではない。
皇統の継承原理を、男系で維持するのか。
それとも、女系も含めた新しい継承原理に変えるのか。
その問題である。
つまり、争点はジェンダーではなく、国体である。
僕は、ここをすり替えてはいけないと思う。
愛子さまは素晴らしい。
それはそれとして、女系天皇への道を開く制度設計には慎重であるべきだ。
この二つは両立する。
愛子さまを敬うことと、愛子天皇ルートを制度的に封じることは、矛盾しない。
むしろ、愛子さま個人の魅力や国民的人気に引っ張られて、皇統原理そのものを変えてしまう方が危うい。
人気のある方だから認める。
国民が望んでいるから認める。
時代に合っているから認める。
一見、民主的で現代的に聞こえる。
しかし、天皇は民主主義によって選ばれる存在ではない。
ここを忘れると、象徴天皇制は、いつか人気投票的な制度に近づいていく。
それは本当に日本の皇室を守ることになるのだろうか。
僕にはそうは思えない。
天皇とは、国民の上に立つ権力者ではなく、国民統合の象徴である。
同時に、政治や世論や時代の流行を超えて続いてきた、皇統の存在でもある。
だからこそ、時代ごとの感情で継承原理を動かしてはいけない。
もちろん、皇族数の減少は深刻な問題だ。
このまま何もせずに先細りを放置すれば、皇室の維持そのものが難しくなる。
だから制度改正は必要だ。
しかし、その制度改正は、皇統原理を壊す方向ではなく、男系継承を維持する方向で行うべきだと思う。
女性皇族の身分保持。
旧宮家の男系男子の復帰。
その組み合わせは、現代的には違和感を持つ人もいるだろう。
だが、皇室を現代社会の感覚に合わせて作り替えることだけが、正解ではない。
むしろ、現代社会の流行や思想に簡単に合わせないからこそ、皇室は皇室であり続けてきた。
男女平等。
ジェンダー。
多様性。
直系長子。
国民的人気。
それらの価値を否定するつもりはない。
しかし、皇位継承の根幹に、それらをそのまま持ち込むことには慎重であるべきだ。
天皇とは、時代の空気に合わせて設計し直す制度ではない。
日本という国の奥に流れる、もっと深い連続性の上に立っている。
それを、僕は国体と呼ぶ。
だから、愛子天皇ルートを封じる制度設計を、僕は否定しない。
むしろ、それは必要な防波堤だと思う。
愛子さまを貶めるためではない。
女性を排除するためでもない。
時代遅れの男尊女卑を守るためでもない。
日本の皇統を、女系継承へ接続させないためである。
そして、それこそが、日本国の国体維持に繋がる。
もちろん、この主張は今の世論には受けにくいかもしれない。
愛子さま人気が高いこともわかる。
女性天皇を望む声が多いこともわかる。
だが、国体とは、人気で決めるものではない。
むしろ、人気や感情が高まった時にこそ、冷静に守るべき線を確認しなければならない。
愛子さまは敬う。
しかし、愛子天皇ルートを女系天皇への入口にしてはならない。
これが僕の立場である。
皇室を守るとは、愛子さまを否定することではない。
皇室を守るとは、天皇という存在を、現代の価値観だけで再設計しないことだ。
そして、男系皇統を守ることは、単なる保守派の意地ではない。
日本国の国体を、未来へ繋ぐための最低限の線である。
愛子天皇ルートを封じることこそ、国体維持である。
僕は、そう考える。
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