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【読書】NHK海老沢元会長の死に寄せて「ガラスの巨塔」

2025年10月20日、NHKの元会長として著名な海老沢氏の訃報が私のタイムラインを駆け巡りました。

海老沢氏といえば、別名「エビジョンイル」。私は、ちょうどその不祥事のピークのころに入局していますので、海老沢氏の強権的支配の残り香を感じることはありました。

そして、退職してこんなことをやっていると、「エビジョンイル」の負の側面だけでなく、功績について感じることもあります。

なぜなら、実質的には、最後の職員会長であり(技術出身の橋本元一氏はクリーンさを演出するためのお飾りに過ぎず、実権を握ってはいなかった)、良くも悪くも「NHKはどうあるべきか?」の信念を持って様々な施策にも取り組んできたのも事実だからです。

海老沢氏の痕跡は過去のノンフィクション作品や、経営委員会議事録、理事会議事録、先輩方の体験談、NHK自体の公式刊行物などを通じて間接的にしか知ることしかできませんが、直近のNHK史を遡っているとしばしば出会います。

で、かくいう私が特に海老沢氏の「功績」を感じた小説があります。それが、今井彰氏による自伝的小説「ガラスの巨塔」です。本書に登場する「藤堂」は、どこからどう読んでも「海老沢会長」その人で、重要なキーパーソンとして描かれています。

一般には「プロジェクトXを題材にした暴露小説でしかない」、「私怨を書き連ねただけ」、「自意識過剰すぎる」など非難されることも多く、Amazonのレビューも低調です。特に増刷や映画・ドラマ化などもされていないあたり、世間には受け容れられなかったと考えられます。

確かに、一般の批判や評価も分かります。私も、もしNHKのことを何も知らずに読んだとしたら、Amazonレビューと同じような感想しか抱かなかったと思います。

しかし、本書はNHKの組織についてある程度知った上で読むと、会長以下どのような力学で動くのか?意思決定にどんなプロセスを経るのか?そもそもNHKとは日本社会においてどんな存在なのか?を他のどんな書物よりも明瞭に描写していることに気付かされます。

加えて、NHK職員にとっては、本書はキャリアの教科書としても極めて有用です。

読んでいて驚愕したのが、全てが仮名にも関わらず、ありありと人物の姿が浮かび上がってくることです。私自身、今井彰氏とは微妙にカスるセクションに所属していたこともあるかもしれませんが、代々同じような人物が同じようなポジションに就き、同じように振る舞うのがNHKという組織なのです。

以後、会長にも触れながら「NHKの歩き方」の指南書として「ガラスの巨塔」を捉え直してみます。ぜひ、NHKでキャリアアップを目指す若手〜中堅の方は、このnoteを片手に本書を手に取ってみてください。


「ガラスの巨塔」の時代

本書は、著者の今井彰氏の自伝的小説である。改めて、一読する前に今井氏のプロフィールをよく確認することを私はお勧めしたい。

今井氏は、ネット情報によれば横浜国立大学卒業後1980年入局、初任地はおそらく佐賀局。NHKで多数派を占める東大・慶應・早稲田の出身ではなく、ローカルも芸能の影響力が強い佐賀局でNHKのキャリアをスタート。報番ではなく制作系で、局内であまり目立つこともなく10年くらいを過ごしてきたと思われる(他人のことをあまり言えないが)。

一般に、PD(プログラム・ディレクター)は5年くらいかけてローカルで様々な番組を担当しながらスキルと経験を蓄積した後、東京に異動してからは全国放送の定時番組を担当しながらディレクターとして一人前になっていく。

その後は東京と地方を交互に行き来するのが標準的なキャリアだが、NHKは東京一極集中であり、東京こそが至高である。つまり、東京に居続けるのがNHK職員におけるエリートの必須要件だ。

今井氏のPDとしての「下積み」期は1980年から1990年ごろ。まさに、バブルの前後の日本とテレビ業界の狂乱を経験する中、東京で一旗上げようという野心のもと、今では考えられないような無茶を企てるところから物語は幕を開ける。

出世作「タイス少佐の証言」の衝撃

「ガラスの巨塔」には今井氏が手がけたと思われる複数の番組が登場する。

その中で私が度肝を抜かれたのが湾岸戦争をテーマにしたドキュメンタリー番組「ダーデン少佐の証言」だ。

というのも、実は私は読み始めた当初、「ダーデン少佐」の番組内容に関する記述は全て創作だと思っていた

制作におけるプロセスは、私も類似のものを経験していることから、緊急Nスペとしては全く妥当だと判断したが、内容があまりに荒唐無稽だったからだ。

その「ダーデン少佐」は、「ガラスの巨塔」によれば、作戦行動時に撃墜されイラクの捕虜となった米空軍パイロットのことだという。

同書内を読む限り「ダーデン少佐の証言」は、無事に解放されたダーデン少佐本人への独占インタビューと家族への周辺取材、イラクでの軌跡を辿る実地検証パートから構成されている。

そのうち、私が信じがたかったのがイラクでの実地取材だ。

現地の警察の目を盗み、地雷だらけの砂漠を駆け抜け、撃墜された戦闘機の残骸や、少佐を捕縛したベドウィンへのインタビューまで収録するなど、現代のコンプライアンス感覚では絶対ありえないことだ。

あまりに信じられなかったので諸々調べると、小説に登場する「ダーデン少佐」のモデルが実在することがわかった。

それは、「タイス少佐」だ。今なお、撃墜時のエピソードを様々な媒体で冷静かつユーモラスに語っており、知る人ぞ知る米軍関係者でもある。

当時の番組情報も記録に残されていた。

イラクの捕虜となっていたアメリカ空軍少佐のインタビューをもとに、報道管理下のイラクを取材、彼のたどった道程と、運命を決した人々との葛藤を描く。◆1991年3月10日、群衆の大歓声に迎えられて、イラクに捕らえられていた21人のアメリカ兵捕虜が本土に帰還した。その中の一人の空軍少佐がNHKの独占取材に応じ、捕らえられていた46日間の体験と生と死の間ををさまよった心情を克明に語った。

構成:今井彰、制作:吉岡民夫

放送ライブラリーより

それでも本書での記述内容が、私には俄かには信じられなかった。独占インタビューだけでも撮れたら御の字だと思えたからだ。

そこで、私は横浜の「放送ライブラリー」を訪ね、実際に「タイス少佐の証言」を視聴した。

「タイス少佐の証言」(著作権に配慮し画像加工)

まさに「ガラスの巨塔」の記述通りのシーンが満載。NHKのクルーは平然と砂漠を進み、戦闘機の残骸と、ドッグタグを片手に得意げなベドウィンのインタビューどころか、タイス少佐のミサイルが実際に破壊した製油所の設備、平和を是とするはずの多国籍軍の攻撃によって腕を失った少年の姿まで映し出されていた。

「戦争」について伝えるとき、これほど異常なまでの執念をたぎらせて映像で証拠を抑えるのは並大抵の仕事ではない。そして、その問題意識もさることながら、80年代から90年代にかけての破茶滅茶なテレビ文化をNスペでもやってのけている有様に私は心底面食らった。

制作系PDの成り上がり方

「タイス少佐の証言」は権威ある賞を獲得。制作局の傍流だった今井氏は、そこからスターダムに躍り出て、「プロジェクトX(チャレンジX)」のCP(チーフ・プロデューサー)に成り上がる。

NHKではよくあることだが、文化庁の賞や、エミー賞、ギャラクシー賞などの権威ある賞を獲得することが出世に対して効いてくる

かくいう私は、そのような外部の賞には応募したことさえ無いのだが、それは私含めて上司もその他のスタッフも「応募しなかったから」というのも大きい。別にクオリティ的には受賞作とその他の番組で大差は無く、いかにエントリーするかの方が重要だ。

賞を獲って箔がつけば、外部に出す時にも経歴に凄みが生まれる。NHKは能力ではなく、ラベルにこそ関心が集まる組織だ。

ラベルさえ得れば、会長さえもがその威光に群がってくる

だからこそ、若いうちから戦略的に自らの「肩書き」をどう作るかを考えて動くことが重要だ。賞を獲り、誰もが知る人気番組の主担当となり、自らをブランド化するのだ。

NHKにおける権力闘争

本書の真骨頂は、NHKにおける「権力闘争」の具体をかつてないほど詳細に描いている点だ。

会長に接近し、その威光を背負えば、NHKにおいてはどんな無理も通り、あらゆるリソースをほしいままにできる。

確か私も在職中に言われたことがある。

「〇〇君、どこに“赤い糸”がぶら下がっているか見極めることだよ。その糸を手繰り寄せて、掴んだら離さないことがNHKでは大事なんだ」(実話)

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