フジ・メディアHDと旧村上ファンドの自己株取得問題 ―― 会社法161条は本当に機能しているのか
フジ・メディアHDが旧村上ファンド系株主から大規模な自己株取得を行った件について、最近になって議決権停止の仮処分が認められたことで再び注目が集まっている。
この件について考えていて気になったのは、会社法161条の制度設計そのものだ。
161条の趣旨
会社法160条は、会社が特定の株主から自己株式を取得する場合の規定である。
本来、会社が特定の株主だけから株式を買い取ると株主平等原則(会社法109条1項)との関係で問題が生じる。
そのため160条では、他の株主にも「自分も売りたい」と申し出る権利(売主追加請求権)が認められている。
ところが161条は例外を設けている。
市場価格のある上場株式について、市場価格以下で取得する場合には、160条の通知義務や売主追加請求権が適用されない。
その理由は単純だ。会社法161条は、上場株式のように市場で自由に売買できる株式については、会社が特定株主から市場価格以下で買い取っても、他の株主が不利益を受ける可能性は小さいという考え方を前提としている。
160条が株主平等原則を守るために「他の株主にも同じ条件で売る機会を与えなさい」と求めているのに対し、161条は「市場で同じ価格で売却できるなら、その機会は既に確保されている」とみなして手続きを簡略化しているのである。
「市場価格で売れるなら、他の株主も市場で売ればいい」
という考え方である。
形式的には合理的だ。
しかし本当にそうだろうか。
大株主だけが持つ「出口」
例えば一般株主が100株持っている場合、市場で売却することにほとんど問題はない。
しかし10%、20%といった大株主は事情が異なる。
大量に売れば株価は下落する。
市場価格1000円で表示されていても、実際に大量処分すれば1000円では売り切れない。
そのような大株主にとって、
「会社が市場価格でまとめて引き取ってくれる」
ということ自体が大きな経済的利益である。
価格差がなくても利益は存在する。
しかし161条はこの点を考慮していない。
今回のフジ問題で見える違和感
さらに興味深いのは、フジ側が裁判所に対し、
「旧村上ファンド側は株式を速やかに処分し、再取得せず、配当以外の株主権を行使しない約束だった」
と主張していることである。
もしこれが事実なら、フジが欲しかったのは単なる自己株式ではない。
むしろ、
「アクティビスト株主として活動しないこと」
そのものだったことになる。
ここで会社法120条(利益供与)が頭に浮かぶ。
120条は会社が株主の権利行使に関して財産上の利益を供与することを禁止している。
もちろん反論はある。
市場価格で買っただけなら利益供与ではない、という考え方だ。
しかし、
「再取得しないこと」
「株主権を行使しないこと」
を条件に自己株取得したのであれば、
会社による買受け自体が経済的利益と評価できる余地はないだろうか。
判例はどう考えているのか
現時点では、
「市場価格での自己株取得という取引機会そのものが利益供与である」
と明確に判断した有力判例は見当たらない。
そのため、この議論はまだ学説的・理論的な領域を出ていない。
裁判所は一般に、
・市場価格かどうか
・会社が不当に高値を支払ったか
を重視する傾向がある。
したがって、現行法の下では161条の適用自体が否定される可能性は高くないだろう。
それでも残る疑問
私が最も違和感を覚えるのは次の点だ。
仮にアクティビストが
1. 株式を取得する
2. 経営改革を要求する
3. 市場の期待で株価が上昇する
4. 会社が自己株取得する
5. 利益確定後に再び株を買い集める
というサイクルを繰り返せるならどうなるのか。
形式的には161条を満たしていても、実質的には現代版グリーンメールに近い構造が生まれる。
もちろん企業価値向上に貢献するアクティビストも存在する。
しかし、会社が特定株主にだけ出口を提供し、その見返りとして株主権の行使を制約するのであれば、それは本当に株主平等原則と整合するのだろうか。
今回のフジ・メディアHDの件は、単なる経営権争いではなく、会社法161条と120条の境界線を考える格好の事例なのかもしれない。
