見出し画像

(お題ss)封筒

 封筒からあふれた音は、涙のように湿っていた。
声にならない声を、夜ふかしエスカレーターの止まる音が、リンと鳴って誤魔化す。
残響は静かな余韻で、封筒を運んできた誰かを夜に溶かした。
そんなことなんて知らずに、夜はふけていく。

 それが届いたのは、茜色の夕陽が輝く頃だった。
カタンとポストが音を鳴らす。
待っていた、けど、来ないでほしかった音。
逡巡し、それでも受け止める。
もう、十分に待った。
だから大丈夫──そう自分に言い聞かせる。

 ポストの蓋を開け、見知らぬ封筒に、見慣れた筆跡を見つける。
癖のある字──。
思い出してさみしく笑い、確かめるようになぞる。
あの人の名前を、刻むように。

 便箋にはこれまでが書かれていた。
感謝と懺悔。後悔と愛情。
プレゼントで贈った傘のこと。
お返しにもらったマフラーのこと。
未来を大切にして欲しいこと──。
それを見て、十分であったはずの気持ちは溢れてしまった。
音は、湿っている。

 それでも夜はふけていき、暁はやがて昇る。
離れてしまった存在と、ともに昇るように。
薄暗い道をひとり歩く。
100年に1度しか開かない傘を連れて。
だから、相合い傘は出来ないねって言われた日を思い出す。
思いついたように、傘を広げ、金具を外す。
軽やかに翼は広がり、暁の太陽を隠した。
『なんだ、開くじゃん』

 頭上で傘をクルクルと回す。
風の中に、涙が混じるのも気にせず踊る。
自分の気持ちを空へ返すように。
あなたが幸せにあるように。
さよならの代わりの舞を、静かに踊る。


詩的な言葉で、何やら詩的になりました。
お題、ありがとうございます!

いいなと思ったら応援しよう!