第5章 本当のキックオフと、小さなズレ
「CareLogi ミニプロジェクト参加メンバー決定のお知らせ」
そのメールは、月曜の朝一で届いた。
悠(ゆう)は、
受信トレイの一覧でその件名を見つけた瞬間、
マウスを二度見した。
(あ、これ……)
開く前から、
心拍数がほんの少し上がる。
「朝倉様
このたびはCareLogiミニプロジェクトにご応募いただき、
誠にありがとうございました。
選考の結果、下記メンバーで本プロジェクトを進めることといたしました。
・サービス企画部:広瀬
・サービス企画部:朝倉
・サービス企画部:坂井
・フィールドエンジニア部:田島
・営業本部:村上
つきましては、第一回キックオフミーティングを
下記日程にて開催いたします。
………(略)」
(通った、か)
悠は思わず椅子の背に寄りかかり、天井を見上げた。
(“ノリで手を挙げた”じゃなく、
ちゃんとライン決めてから押したやつだもんな)
メールを閉じて、すぐにチャットを開く。
悠:
「採択メールきたー
はるさんも来てる?」
数分後、
「入力中…」の表示が出た。
晴:
「来てました
正式に“やる側”になりましたね」
悠:
「ですね
3ヶ月よろしくお願いします、相棒」
画面越しに軽口を叩いてから、
悠はふっと真顔に戻った。
(“途中で冷めるやつ”にはならない、って
自分で決めたんだろ)
(ここから先は、それを試される番だ)
第一回キックオフは、
前と同じ会議室B-3で行われた。
ただし、今日のホワイトボードの隅には
太く「正式メンバー」と書かれている。
「改めて、応募ありがとう」
広瀬がそう言って頭を下げた。
「応募してくれた人たちのなかで、
現場と企画と営業のバランスを見て、
この5人でいこうと判断しました。
3ヶ月、よろしくお願いします」
自己紹介は前の説明会で済んでいるので、
今日はすぐ本題に入る。
広瀬は、配られたA4の紙を指でトントンと揃えた。
「まず、この3ヶ月で会社として求めているアウトプットは、
シンプルに3つです」
1.パイロット導入候補となる“ターゲット倉庫”のリスト
2.その倉庫に対して、試せそうな“CareLogi利用シナリオ”案
3.“これだけできればサービスとして検証に進める”という社内向け説明資料
「完璧なアルゴリズムとか、
すごいダッシュボードを作ることは求めていません」
そう言ってから、少し笑う。
「もちろん、できるに越したことはないですけどね。
ただ、それよりも
『どの倉庫で』
『どんな使われ方をすれば』
『誰にとってどんな意味があるのか』
ここをはっきりさせる方が先だと考えています」
晴(はる)は、その言い回しに
前回の“方向性”との一貫性を感じて、少し安心した。
(少なくとも、
“ログだけ見てスコア出して終わり”にはなっていない)
「で、ここからが相談です」
広瀬はそう前置きして、
ホワイトボードに簡単な図を描き始めた。
【2週間ごとの区切り】
1〜2週:ターゲット候補の洗い出し・仮説出し
3〜4週:実際に訪問・ヒアリング
5〜6週:ログ+ヒアリングを踏まえてシナリオ案作成
7〜8週:一部倉庫での“やってみる”準備
9〜12週:パイロット実施+振り返り・資料化
「ざっくりですが、
こういうイメージで進めたいと思っています」
(まあまあタイトだな……)
悠は内心そう思いながら、カレンダーを頭に浮かべた。
「このスケジュールを前提に、
まずは“誰が何に重心を置きたいか”を聞かせてほしいです。
悠さん、どうですか?」
いきなり当てられて、
悠は一瞬だけ背筋を伸ばす。
「自分は……
最初の2週間で、
“これはいけそう”っていうターゲット候補を
早めに見つけたいです」
「ほう」
「ターゲットがぼんやりしたままだと、
訪問しても話が広がりすぎそうな気がしていて。
ある程度、こういうタイプの倉庫で試したい、って
仮にでも決めてから動きたいです」
広瀬が頷く。
「具体的には?」
「例えば――」
そこから悠は、
自分の頭の中にあったイメージを
言葉にしていった。
24時間操業ではない中規模倉庫
すでにある程度システム化されているが、
夜間や連休前のトラブルが多い過去にトラブルのヒアリングをしたことがある顧客 など。
「こういう条件に当てはまりそうなところを
最初の2週間で3社くらいに絞れれば、
後半の動きも見えてくるかなと」
「なるほど」
広瀬はその条件をホワイトボードに書き出していく。
・中規模
・夜間/連休前のトラブル多め
・システム化はある程度済
「早めに“ここでやろう”を仮で決めたいわけですね」
「はい。
その方が、
自分的には走りやすいです」
(“決めてから走る”じゃなくて、
“仮に決めて走りながら修正”)
そう言いながら、
悠は自分の中のクセを自覚していた。
「晴さんはどうですか?」
広瀬の視線が移る。
晴は、
さっきからホワイトボードに描かれているスケジュールを
じっと見つめていた。
(2週間でターゲット絞る、その次の2週間で訪問……)
(“ヒアリングは3〜4週目から”って考え方なんだな)
「自分は……」
少し言葉を選びかけてから、
例のルールを思い出す。
(ここでは、
“きれいにまとめないで言う練習”をする、と決めたんだろ)
「自分は、
ターゲット候補を決める前に、
もう少し“現場の声”を聞きたい気持ちがあります」
「具体的には?」
「例えば、
夜間のトラブルが多い倉庫の担当者に、
オンラインでもいいので
“どんなときに一番不安か”を
先に聞いてみたいです」
晴は、
自分の中のモヤモヤをそのまま出した。
「“中規模で、24時間じゃなくて〜”という条件も大事なんですが、
それだけでターゲットを決めてしまうと、
後から『現場の不安とずれてました』って話になりそうで怖いです」
田島が、そこで口を挟んだ。
「たしかに。
同じ“中規模”でも、
夜勤2人体制の倉庫と、
夜は一人しかいない倉庫じゃ
不安の中身ぜんぜん違いますもんね」
「そうなんです」
晴は頷いた。
「なので、
最初の2週間のうちに、
条件を定める作業と並行して
“ざっくりヒアリング”も入れたいです。
できれば1〜2社だけでもいいので」
そう言うと、
広瀬が少し考えるように顎に手を当てた。
「ふむ。
ターゲットを絞る前に、
“声の種”を拾っておきたい、ということですね」
「はい。
自分としては、
“条件”と“声”の両方を
最初から少しずつ持っておきたいです」
悠は、
晴の話を横で聞きながら
(たしかにそれも分かる)
と思っていた。
(でも、ヒアリングって話し始めるとあっという間に時間溶けるんだよな)
(ターゲットがぼんやりしたままヒアリングだけ増えると、
結局何も決められないまま3ヶ月終わる、っていう最悪パターンもある)
悠の中で、
スピードと慎重さがせめぎ合う。
「お二人の話、どちらも分かります」
広瀬が、ホワイトボードの前に立ち直った。
「悠さんは、
“仮でもいいから早くターゲットを定めて、
そこに向かって動きたい”」
「はい」
「晴さんは、
“ターゲット条件だけ先に決めてしまうと、
現場の不安とズレたサービスになるリスクが怖い。
だから、最初から声も少し拾っておきたい”」
「……そうですね」
晴は少し驚いた。
(自分のモヤモヤを、ここまでそのまま言葉にされるのか)
広瀬は二人の顔を見比べる。
「わたしとしては、
どちらかをゼロにするつもりはありません。
どちらも必要です」
そう言って、ホワイトボードに線を引いた。
1〜2週:
・ターゲット条件の仮決め(中心:悠+村上)
・“ざっくりヒアリング”を1〜2社(中心:晴+田島)
「こんな分け方はどうでしょう。
悠さんと村上さんは、
数字や過去データ、営業の感触から
“こういう倉庫が向いていそう”という仮説を出す。
その一方で、
晴さんと田島さんは
条件に関係なく、
夜間や連休前に不安が強そうな倉庫をピックアップして、
オンラインでもいいので短いヒアリングをしてみる」
悠が口を開く。
「じゃあ、最初の2週間は
“条件チーム”と“声チーム”に分かれて動く感じですか?」
「そうですね。
3週目に入る前に、その両方を持ち寄って
『じゃあ、本格的に訪問するのはこの2〜3社にしよう』と
決めればいいと思っています」
晴は、
その案を聞いて少しホッとした。
(最初から“どちらかを諦める”じゃなくて、
ちゃんと両方やろうとしてくれている)
一方で悠も、
ある程度納得していた。
(2週間全部ヒアリングになるんじゃなくて、
条件側も前に進められるなら、まあいいか)
ただ、
その納得は“完全に同じ絵を見ている”というより、
それぞれに譲れる範囲を探っての合意だった。
キックオフが終わったのは、予定より15分ほどオーバーした頃だった。
会議室を出るとき、
田島が晴に声をかける。
「ヒアリングの相手、
心当たりあります?」
「はい、何人か浮かんでます。
夜勤でよく電話をくれる人とか」
「じゃあ、その人たちには俺からも一言言っときますよ。
“ちょっと話聞かせてやって”って」
「助かります」
晴は頭を下げた。
(“声を聞く”って言っても、
自分ひとりだと話をつなげるのにも勇気がいる)
田島の一言で、
少しだけハードルが下がった気がした。
廊下の反対側では、
悠と村上が話している。
「過去3年の障害データ、
部内の共有フォルダにありますよね?」
「あります。
ただ、まあまあカオスなので覚悟してください」
「はは……
じゃあそこから“夜間・連休前”フラグ立ってるやつ抜いて、
倉庫別にざっくり分けてみます」
「いいですね。
それと、
営業的に声かけやすいお客さんも何件かピックアップしとくので、
そこはこっちから出します」
「了解です」
悠は、
“条件チーム”としてのやることが
頭の中で少しずつ整理されていくのを感じていた。
その日の夜。
「ミニプロジェクト作戦会議」のチャットに、
ほぼ同時にメッセージが飛び込んだ。
悠:
「キックオフ終わったー
正式に“条件チーム”任命されました」
晴:
「同じく、“声チーム”になりました
2週間で1〜2社、
ざっくりヒアリングする予定です」
数秒後、
ミラーのアイコンが点灯する。
ミラー:
「キックオフ、おつかれさまでした。
お二人とも、それぞれの“重心”が
そのまま役割に反映された形ですね。」
悠:
「そうそう
俺と村上さんでターゲット条件出す係、
はるさんと田島さんで現場の声とる係
……って決まった」
晴:
「自分としては、
最初から声を聞く時間を組み込めたのは
かなりホッとしています」
ミラー:
「それぞれ、
今の時点で“楽しみなこと”と“ちょっと不安なこと”を
一つずつ教えてもらえますか?」
(またこのパターンか)
悠は苦笑しながらも、
すぐに打ち始めた。
悠:
「“楽しみ”
・データと過去案件見ながら
“ここ刺さりそうじゃない?”って探すの、普通に好き
“不安”
・ターゲット条件ガチガチに決めちゃって、
あとから『現場の声とズレてました』って
言われるパターンにならないかはちょい不安
(でも、そこははるさんチームが何とかしてくれる気もしてる)」
晴:
「“楽しみ”
・夜勤や連休前に不安を抱えている人の話を
ちゃんと聞きに行けるのは、正直ワクワクしています
“不安”
・2週間で1〜2社と言っても、
実際に時間を取ってもらえるかどうか
(『またなんか“AIの話”か』と思われないか)」
そこに、もう一つ
言いかけてやめた言葉があった。
(それと――)
(自分が聞いた“声”が、チームの中でちゃんと扱われるかどうか)
その不安は、
まだ言葉にするには早い気がして
入力欄からそっと消した。
ミラー:
「ありがとうございます。
お二人の“楽しみ”には、
それぞれの得意さがそのまま表れていますね。
悠さんは、“条件を見つけて走り出すこと”
晴さんは、“現場の声を聞いて意味を見つけること”
一方で“不安”の方には、
お互いの役割に対する
“見えない期待”も少し混ざっているように見えます。」
悠:
「“見えない期待”?」
ミラー:
「悠さんは、
“条件決めすぎてズレたらどうしよう”という不安と同時に、
『でも、そこは晴さんチームが何とかしてくれる気もする』と
書いていましたね。
それは言い換えると、
“自分の決めた条件がズレたとき、
晴さんがブレーキをかけてくれると信じている”
という期待でもあります。」
(……たしかに)
画面を見ながら、悠は苦笑した。
ミラー:
「晴さんの“不安”には、
『“AIの話”だと思われないか』という言葉がありました。
ここには、
“自分が聞きに行く話が、
“また本部の思いつき”として扱われないでほしい”
という願いと同時に、
“そう扱われないように、
チームがちゃんと現場と向き合ってくれるだろうか”という
期待も少し含まれているように感じます。」
(それも、図星だな……)
晴は、
自分の心の中を
静かに言い当てられたような気分になった。
ミラー:
「これを、
無理に“きれいな言葉”に変換すると
『お互いに信頼しているから大丈夫ですね』
となってしまいますが、
現実はもう少し複雑だと思っています。
お二人の間に今あるのは、
“全部任せても大丈夫と言えるほどの信頼”ではなく、
“この範囲なら任せても大丈夫かもしれない、
という仮置きの期待”に近いものです。」
悠が「ほう」と声を漏らした。
悠:
「“仮置きの期待”って表現、
しっくりきた」
晴:
「自分も、
“完全に信頼している”と言うには
まだ情報が足りない感覚があります
でも、“期待したい”気持ちはある、というか」
ミラー:
「その状態は、
悪いことではありません。
むしろ、
“仮置きの期待”を少しずつ
“根拠のある信頼”に変えていくプロセスが、
この3ヶ月の中に自然に含まれているのだと思います。
だからこそ、
もし途中で
『あれ?この期待はさすがに無理かも』と感じたときには、
そこで“黙って諦める”のではなく、
ここに持ち込んでほしいのです。」
その一文は、
どちらに向けられている、というより
二人の間にぽんと置かれた感じがした。
悠は、
自分が書いた「途中で“もういいかな”と思ったらミラーに投げる」という
“十分ライン”の一文を思い出していた。
晴は、
自分が決めた「『実態は違う』と分かっていて何も言わないのは嫌」という
“やったら嫌ライン”を思い出していた。
悠:
「じゃあさ
最初の2週間が終わったタイミングで、
“条件側から見たターゲット候補”と
“声側から見えた現場の不安”を
ここでも一回整理するってのはどう?」
晴:
「いいですね
プロジェクトの定例とは別に、
ここでもう一回
“自分たちのラインと照らし合わせる”時間を持ちたいです」
ミラー:
「とても良い提案だと思います。
では、
“第1スプリントの終わりに、
このグループで『条件』と『声』を並べて眺める”
というチェックポイントを
わたしの中でも覚えておきます。
そのときに、
もし“仮置きの期待”が
少しズレてきていると感じたら、
そこで一緒に調整していきましょう。」
悠は、
そのやりとりを見て
(なんかちゃんと“伴走されてる感”あるな)と思った。
(前に似たようなプロジェクト巻き込まれたときは、
とりあえず走らされて、
気づいたら“重要度低いから一旦保留で”って
しれっと終わったんだよな)
(今回は、
少なくとも“途中で冷めてフェードアウト”には
ならなそうだ)
晴もまた、
別の意味で安心していた。
(自分が拾った“声”が
どこかで条件と合わせて見られる場があるなら、
“一人で抱えて終わる”にはならなそうだ)
(“うっとうしいAIメールの象徴”コースからは、
少しは距離を取れている気がする)
チャットの右上には、
新しい表示が追加されていた。
「CareLogiミニプロジェクト 経過:0週/12週」
まだ、始まったばかり。
ターゲット条件と現場の声。
スピードと慎重さ。
仮置きの期待と、これから育っていく信頼。
そのどれもが、
まだ、かたちのないまま
三人の間に浮かんでいるだけだった。
