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第2章 応募説明会と最初のすれ違い

ミニプロジェクトの応募説明会は、いつもの会議室B-3で開かれた。

長机がコの字に並び、中央には年季の入ったプロジェクター。
ホワイトボードの端には、前の会議で使われたらしい「改善」「見える化」の文字が、うっすらと消し残っている。

「じゃあ、そろそろ始めましょうか」

前に立っているのは、サービス企画部の課長・広瀬。
四十代前半。落ち着いた色のカーディガンがいつもの制服みたいになっている人だ。
今日は「CareLogiミニプロジェクトに興味がある人向け説明会」という扱いで、

・サービス企画部
・フィールドエンジニア部
・営業本部

などから十数名が集まっている。
悠(ゆう)と晴(はる)は、コの字の端、壁側の席に並んで座っていた。

「まずは、忙しい中、関心を持って来てくれてありがとう

広瀬は軽く頭を下げた。

「今日は“正式応募の前段階”です。
この場では、CareLogi構想のラフと、プロジェクトの狙い、求めたい役割を共有します。
そのうえで、『やりたいかどうか』『やれるかどうか』を、皆さん自身に持ち帰って考えてもらいたいと思っています」

スライド1枚目に、タイトルが映る。

CareLogi パイロット構想
― 中小倉庫向け“見守り保守サービス” ―
画面右上には、小さく注意書き。
※本資料は応募検討者向けの説明用です。
対外的な名称・内容は未決定。

(まだ“決定版”じゃない、ってことか)

晴は、その一行に少しだけホッとした。

自己紹介タイムでは、簡単に名前と所属だけを言うことになった。

「サービス企画部の広瀬です。
構想のオーナー兼、プロジェクトの仮リーダーです」

「フィールドエンジニア部の田島です。現場側の“無理/助かる”ラインをちゃんと伝える役ができたらと思っています」

「営業本部の村上です。料金や契約まわりの“現実ライン”を見る係ですね」

数人の自己紹介が続いたあと、悠の番が来る。

「サービス企画部 カスタマーソリューションGの朝倉です。
CareLogiのアイデア、前から課内で話題に出してたので、ちゃんと形になったら面白いなと思ってます」

最後に晴。

「同じくカスタマーソリューションGの坂井です。
普段は倉庫の運用改善や、ログの見方の説明などをしています。
CareLogiが“ログを見るだけのサービス”にならないように、興味あって来ました」

「いいですね、“ログを見るだけじゃない”という視点」

広瀬がうなずく。

(“興味があって来ました”だから、まだ応募じゃない)

内心そう言い訳しながら、晴は席に座り直した。


スライドが切り替わる。


◆現状のざっくり課題
・定期点検の合間にトラブルが発生してしまう
・「急に止まった」というクレームが絶えない
・「もっと早く言ってくれれば」と言われることがある

「この三つは、ここ数年ずっと社内で出ているキーワードです」

広瀬が言うと、田島が「ですね」と即答した。

「特に三つ目。『もっと早く言ってくれれば』って言われるとき、
『いや、むしろそっちが言ってよ』って心の中で思ってる現場、多いと思います」

軽い笑いが起きる。

「でも、お客様の感覚は逆ですよね。
“プロなんだから、そっちが先に教えてよ”」

晴は、スライドの隅に小さく出ているグラフに目をやる。

「障害対応件数の推移(過去3年)」

右端、直近一年だけ、ほんのり右肩上がりになっていた。

(あの倉庫、この倉庫……顔が浮かぶな)

夜勤明けでヘトヘトの現場担当。
深夜の呼び出しで、申し訳なさそうに謝る倉庫長。

(“このままは嫌だ”って、やっぱり思う)

次のスライド。
◆CareLogi構想(ラフ案)
・設備ログ/エラー履歴から前兆を検知
・定期レポートとして顧客に共有
・必要に応じて事前点検/運用提案につなげる

「文字だけ見ると、よくある予知保全サービスに見えます」

広瀬はあえてそう言った。

「でも本当にやりたいのは、
“うちがやる意味”と
“現場から見て本当に助かるポイント”を見つけることだと思っています」
そこで、前列の何人かに視線を向ける。
「今日来てくれている皆さんは、
現場に近い人、数字に強い人、それから――」

広瀬の目が、一瞬だけ悠と晴を捉えた。

「CareLogiの“元ネタ”を持ってる人たち、ですね」

悠はちょっとだけ胸を張る。
晴は、少しだけ背中がくすぐったくなる感覚を覚えた。


「じゃあ、一回ラフに出してみましょうか」


ホワイトボードに太い線で書かれた。

CareLogi = 「    」

「この空欄に入る“ひとこと説明”、
今じゃなくていいので、最終的に皆さんと作りたいと思っています。
今日はその材料を出す時間です」

少しの沈黙のあと、悠が口火を切った。

「素直に言うと、“トラブルを減らすサービス”ですよね」
「“減らす”」

広瀬が書き込む。

「他には?」
「“現場の不安を減らす”ですね」

田島が続ける。

「夜とか連休前とか、
『これ止まらないかな』ってビクビクしてる現場、多いんで。
そこをちょっとでもマシにしてあげたいです」
・トラブルを減らす
・現場の不安を減らす
「“クレームを減らす”もありますね」

村上が淡々と言う。

「トラブルもそうですが、その後の関係悪化が一番しんどいので」

・クレーム/関係悪化を減らす
(全部“減らす”だな)
晴はホワイトボードを見ながら思った。
広瀬がこちらを見る。

「坂井さんは?」

(整える前に出す、って決めたんだった)

頭の中のフィルターを、一段だけ弱める。

「……“ちゃんと見てくれている”って、
 倉庫の人が感じられるサービス、です」
「“ちゃんと見てくれている”」

ホワイトボードに新しい行が足される。
倉庫の人が「ちゃんと見てくれている」と感じられる

「それは、どういうときのことですか?」
「例えば――」

晴は、いくつかの現場のやり取りを思い出しながら言葉を選んだ。

「『この時間帯、人が少ないからここに負荷が集中してますよね』とか、
『この棚だけエラーが多いので、入荷の順番を変えましょうか』とか。
そういう“その倉庫ならでは”の話ができるときですね」

「“個別事情を分かってくれている感じ”」

「はい。
逆に、ログだけ見て『ここ危ないです』って言うだけでは、
多分刺さらないと思ってます」

ホワイトボードには、バラバラな要素が並んでいく。
・トラブルを減らす
・不安を減らす
・クレームを減らす
・「ちゃんと見てくれている」と感じられる

悠がぽんと手を挙げた。

「全部まとめると、
“トラブルを減らして、現場との関係を守るサービス”
みたいな感じっすよね」
「“守る”か」

村上が口元にペンを当てた。

「守るだけだと、『おまけなら欲しいけどお金は…』って見られる可能性もありますね。
“得を感じられる何か”も欲しいかも」
・“守る”だけでなく、“得がある”要素
広瀬がそれも書き足す。
(守る/攻める/分かってくれる、か)
晴の頭の中で、軸が交差し始める。

(3ヶ月で全部やろうとしたら、多分どれも中途半端)
(どこまでできたら“このフェーズのCareLogi”って言えるのか)

そんなことを考えているうちに、
会議室の壁の時計が「カチカチ」と音を立てた。
説明会は、予定の一時間半を少しオーバーして終わった。

最後に広瀬が、もう一度前に立つ。

「今日は“CareLogiってどんな方向を向いているのか”の共有だけにしました。
ここから先は、皆さん自身に一度持ち帰ってもらうフェーズです」

スライド最後に、応募フローが表示される。

  1. 応募フォームからエントリー(締切:〇月〇日)

  2. メンバー選定

  3. キックオフミーティング

「今日来たからといって、必ず応募しなければいけないわけではありません。
“やりたい気持ち”と“守りたいもの”の両方を、一回整理してから決めてください」
その一文に、悠と晴はそれぞれ別の意味で引っかかった。

(“守りたいもの”か)
(やっぱ、ちゃんと考えてからじゃないとな…)


説明会が終わって、人がぱらぱらと出ていく。


廊下に出たところで、田島が晴に声をかけた。

「さっきの、“ログだけ見て危ないって言うのは刺さらない”って話、めちゃくちゃ分かるわ」

「そうですか?」

「『危ないって言われても、具体的にどうすればいいか分かんない』って現場、多いからね。
そのときに“ちゃんと仕事見てくれてる感じ”がないと、余計にモヤるんだよ」


田島は笑って言う。

「CareLogi、ちゃんと“現場と会話できるサービス”になるといいね」
「……そうですね」

“そうですね”で返しながら、

(本当は“そうですね”で終わらせたくないんだけど)

と自分にツッコミを入れる。
少し離れたところで、悠は村上と話していた。

「料金的には、どのくらいが現実ラインなんですか?」

「最初は、既存保守にちょっと乗せるくらいじゃないと厳しいでしょうね。
いきなり別建ての高額サービスにはできないので」

「じゃあ、“おまけに見えるけどちゃんと価値がある”くらいの位置付け?」
「雑に言うとそうです」

村上が笑う。

「ちゃんと価値がある部分をこの3ヶ月で作ってくれれば、あとはこっちで数字にします」

「おー、かっけぇ」

(“ちゃんと価値がある部分”を、こっちが作れるかどうか、ってことか)

会議室の扉が閉まる音と一緒に、

「あとは各自で判断を」という空気が背中に乗せられる。


その日の夕方。


部署に戻ったあと、悠はいつものグループチャットを開いた。

ミニプロジェクト作戦会議
参加メンバー:悠、晴、ミラー

悠:
「説明会おつかれさま〜
 とりあえずミラーにも共有したいから、
 今日の感想とか思ったこと、ここに投げよーぜ」

晴:
「おつかれさまです
 “完璧な答えじゃなくて次の一歩”って言われたのは、
 正直救われました
 ただ、ホワイトボードの一文を見て
『これ、本当に3ヶ月で形になるのかな』って不安も
 同時に出てきました」

悠:
「分かる
 “減らす”も“ちゃんと見てくれてる感”も、“得”も、
 全部一気にやろうとするとヤバそうだったよね」

晴:
「そうなんですよね
 どれも大事なんですけど、
 最初の3ヶ月でどこまでを“やった”と言えるのか、
 今はまだイメージできていません」

ミラーのアイコンが点滅する。

ミラー:
「説明会、おつかれさまでした。
 広瀬さんの資料と、ホワイトボードの内容は、
 お二人の感想からもある程度想像がつきます。
 差し支えなければ、
 ホワイトボードの写真をここに貼っていただけ
 ますか?
 “層”ごとに整理してみたいです」

悠:
「撮ったやつあるから置くー」
写真が何枚かアップされる。
少しして、ミラーから長文が返ってきた。

ミラー:
「ありがとうございます。
 ざっと読んだ範囲で、今日の話を“層”で見ると、
 次のように見えました。

【上の層:お客様にとっての良さ】
 ・トラブルが減る
 ・不安が減る
 ・クレームが減る
 ・『ちゃんと見てくれている』と感じられる

【中の層:社内にとっての良さ】
 ・クレーム対応コストが減る
 ・関係性が悪化しにくくなる
 ・サービス収益の柱候補になる

【下の層:お二人にとっての意味】
 ・悠さん:将来の選択肢を増やしたい
 ・晴さん:現場で役に立っている実感が欲しい

 この3つの層を一度に全部満たそうとすると、
 『結局誰のための何なのか分からないサービス』
 になりやすいです」

(層か)
 晴は、写真とメッセージを見比べながらうなずいた。

ミラー:
 「そこで提案ですが、
 次の回では“いちばん下の層”、
 つまり『お二人にとっての意味』から先に整理
 してみませんか。
 『CareLogiが自分にとってどう意味があるのか』
 が見えていると、
 応募する/しないを決めるときの“戻り先”
 になります」

悠:
「会社のため〜とかお客様のため〜より、
 そっちの方が腹落ちしそう」

晴:
「自分も、その方が判断しやすいです
『会社のため』だけで動くと、どこかで
『本当に自分がやりたいこと?』って詰まるので」

ミラー:
「では、“小さな宿題”を一つ提案させてください。
CareLogiに関して、

『自分にとって、こうなったら最高』という未来
『自分にとって、こうなったら最悪』という未来

 を、また“きれいにしないまま”書き出してみてもらえますか。
 量も整い具合も問いません。
 こちらで一緒に整理してみます」

(自分にとっての最高と最悪、か)
 晴は、胸の奥が少しザワつくのを感じた。
 (会社の最高/お客様の最高、じゃなくて“自分にとって”か)

悠:
「了解〜
また歩きながらしゃべったやつ投げるわ

晴:
「自分も、乱文で頑張ります」

チャットの右上には、まだ数字が出ている。
ミニプロジェクト公募締切:あと 5 日
応募ボタンは、まだ誰も押していない。
ただ、説明会に出る前よりも――
「押したら何が変わるのか」の輪郭だけは、少しだけはっきりしていた。


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