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第7章 「AIっぽさ」と、「それは違う気がする」

第1スプリントが終わって、3週目の定例。
ホワイトボードには、悠(ゆう)が作ったターゲット候補の一覧が印刷されて貼られていた。

倉庫A/倉庫B/倉庫C
 規模、障害件数、連休前クレーム数、売上、などなど。

「じゃあ今日は、
 パイロット先を実際どこにするか、方向性決めたいと思います」

広瀬が、ボードの前に立って言う。

「ちなみに今日は、
 本部側からも一人来てもらってます」

扉が開いて、スーツの男性が入ってきた。
名札には「事業企画本部 小田」とある。

「どうも、小田です。
 最初のパイロット、途中で止まらないように
 “お金と偉い人まわり”をサポートする役割と思ってください」

軽く会釈したあと、
小田は配布資料を一枚めくった。

「で、さっそくなんだけど――」

小田は、悠の候補リストのところで指を止めた。

「このB倉庫、いいですね」

悠は、少しだけ背筋が伸びる。

「規模そこそこ大きいし、
 保守売上もある。
 なにより“数字に強い倉庫長”ってのがポイント高い」

村上が笑う。

「ですね。
 提案持っていくと、
 必ず『で、どれくらい減るの?』って聞かれます」

「そうそう。
 最初の事例としては、
 “説明しやすい現場”の方が社内通りやすいんですよ」

小田は、用意してきたらしいスライドを出した。

「CareLogi導入で、夜間障害が〇%減」

と太字で書かれたイメージ図。
右下には、小さく「B倉庫」の名前。

「こんな感じで
 “分かりやすい数字”を一つ作っておけると、
 次に広げるときも楽になります」

(ああ、完全に“分かりやすさ”で選びにきたな)

悠は、心の中で苦笑した。
同時に、
自分のターゲット条件がちゃんと刺さっていることに
ちょっとした満足感もあった。

(まあ、これはこれで大事なんだよな)


「晴さんのヒアリング結果も、
 少し共有してもらっていいですか」

広瀬に促され、
晴(はる)は席を立った。
モニターには、
夜勤一人体制の倉庫と、連休前にヒヤッとする倉庫の
ヒアリングメモが簡単な図になっている。

「はい。
 自分の方では、
 この2週間で2つの倉庫から話を聞きました」

晴は、できるだけ
そのままの言葉に近い形で伝えた。

「夜勤一人体制の倉庫では、
 “全部止めると出荷が詰まる、
 でも動かしたまま壊すのが怖い”という
 板挟みが一番きついそうです」

田島が頷く。

「分かるなぁ、それ」
「もう一つの倉庫では、
 連休前の積み込みで
 “詰め込みすぎ事故”の経験があって、
 そのときのログの説明が
 『この時間帯だけピークでした』で終わってしまったと」
「あるあるですね……」

田島が苦笑する。

「自分としては、
 CareLogiが“危険度〇点”と出すだけでなく、
 ・“優先度の見える化”
 ・“安全側の簡易ルール”
 みたいなところで
 現場のヒヤヒヤを減らせる余地があるように感じました」

そこまで話してから、
晴は一度口を閉じた。

(ここから先を言うかどうか)

一拍おいて、
続けた。

「正直に言うと、
 “夜勤一人体制”のような、
 規模が小さい現場こそ
 最初に守ってあげたい感覚があります」

会議室の空気が、
ほんの少しだけ静かになった。


沈黙を破ったのは、小田だった。

「なるほど。
 “守りたい現場”としては
 すごくよく分かります」

それ自体は、
否定のトーンではなかった。

「ただね、
 最初のパイロットって
 “AI使って何かやってます”って社外にも見せる可能性があるんですよ」

小田は、
晴の図を見ながら続ける。

「そのときに、
 “夜勤一人体制の、小さな倉庫一つだけでの事例です”って出しても、
 “ふーん”で終わっちゃうと思うんですよね」

(“ふーん”で終わる、か)

晴は、
その言い方に小さなざらつきを覚えた。

「もちろん、
 将来的にはそういう現場にも広げたい。
 でも最初は、
 どうしても“分かりやすくAIっぽい”ところから
 やらせてほしい、というのが
 本部としての本音です」

「“AIっぽい”って、どういう意味ですか?」

気づいたら、
晴が口を開いていた。
自分でも少し驚くくらい、
声に力が乗っていた。
小田は一瞬目を瞬かせてから、
苦笑交じりに答えた。

「分かりやすく言うと、
 “ログを解析して、
 こういう傾向が出ました、だからこうしました”って
 説明できるやつですね」

「……」

「もちろん現場の声も大事なんですが、
 最初に出すストーリーとしては
 “データでちゃんと裏付け取れました”を
 ドンと出したい」

(それは、
 さっきの“たまたま負荷が上がりました”と
 何が違うんだろう)

喉まで出かかった言葉を、
晴は飲み込んだ。
広瀬が、
場を少し和らげるように口を挟む。

「小田さんの言う“AIっぽさ”は、
 “社内外に説明するときの分かりやすさ”ってことですよね」
「そうそう。
 中身はちゃんと現場の話を踏まえつつ、
 表に出すときには
 “分かりやすいAIの形”をしていてほしい」

(中身と表の形か……)

広瀬はそう言いながら、
晴の表情もちらりと確認していた。


会議は一旦、
こんな結論でまとまった。

  • パイロットのメインターゲットはB倉庫
    (A・Cも“第二候補”として準備)

  • 夜勤一人体制の倉庫については、
    「将来広げたい現場」として
    説明資料の一部に盛り込む

  • 今回の3ヶ月では、
    その倉庫にも最低限のログ+ヒアリングをあてる

「……という形でどうでしょう?」

広瀬が全員の顔を見回す。
悠は、素直に頷いた。

「自分としては問題ないです。
 B倉庫なら、
 数字もログもそこそこ揃ってますし」

晴は、
一呼吸おいてから口を開いた。

「“将来広げたい現場”として
 残してもらえるなら、
 今はそれで納得したいです」
「ありがとう」

広瀬は、
その「今は」という一言を
ちゃんと受け取ったような顔をした。
小田も続ける。

「夜勤一人体制の話、
 個人的にはすごく刺さりました。
 資料に入れるときは、
 ちゃんとそこも一枚使わせてください」

言い方は誠実だった。
ただ、晴の中には
小さな違和感が残っていた。

(“刺さりました”で終わらないでほしい)
(“最初の一歩”にどこまで踏み込めるか、なんだよな)

会議が終わり、
それぞれが席を立つ。
悠は、
ホワイトボードのB倉庫のところに丸印がついたのを見て

(よし、とりあえず道筋は見えた)

と感じていた。
晴は同じ印を見て、

(ここから先、
 “中身”をどう守るかが勝負だ)

と感じていた。
同じ丸を見て、
少し違う重さを受け取っている。


その日の夜。
「ミニプロジェクト作戦会議」のチャットに、
ほぼ同じタイミングでメッセージが届いた。

悠:
「B倉庫、正式にパイロット先に決定」

晴:
「同じく、
 夜勤一人体制の倉庫は
 “将来広げたい現場”として資料に入れる、
 という整理になりました」

数秒後、ミラーが反応する。

ミラー:
「定例、おつかれさまでした。
 それぞれ、
 今どんな感触が残っていますか?」

悠が先に打った。

悠:
「正直、今日は
 “悪くない落としどころじゃない?”って思ってる
 B倉庫で数字出せれば、
 夜勤一人体制の現場にも広げる説得力増えるし」
「現実的」

という言葉が、
悠の頭の中では自然に浮かんでいた。

(全部一気には無理だし)
(まず一個、
 “ちゃんと効いた例”を作るのが先だろ)

晴の方は、
少し違う言葉になった。

晴:
「自分も、
 “今のところは”落としどころとして理解できます
 ただ、
 “AIっぽさ”という言い方に
 まだ引っかかりが残っています」

悠:
「あー、小田さんのやつね
 “AIでログ解析しました!”って
 分かりやすくしないと通らない、みたいな」

晴:
「はい
 その説明の仕方が、
 前に現場で聞いた
 “たまたま負荷が上がっただけでした”と
 どこか似ている感じがして」

悠:
「たしかに言い方は似てるな
 でも今回は、
 中身からちゃんと変えようとしてるじゃん?
 “たまたま”じゃなくて
 ちゃんと優先度とかルールまで含めてさ」

悠としては、
そこを強調したかった。
(同じ“数字の見せ方”でも、
 中でやってることは違うはずだ)


ミラーが、
少しだけ間を置いてから返信した。

ミラー:
「お二人の感触、
 どちらもとても大事だと思います。
 今のやりとりを
 少しだけ整理してみてもいいでしょうか。」

悠:
「どぞ」

晴:
「お願いします」

ミラー:
「悠さんは、
 “まずB倉庫でちゃんと結果を出せれば、
 そのあと夜勤一人体制のような現場にも広げやすくなる”
 という意味で
 今日の決定を“現実的な一歩”と感じている。
 一方で晴さんは、
 “最初の一歩の説明の仕方が、
 過去に現場が傷ついたパターンと
 似た匂いがする”という意味で
 引っかかりを感じている。
 どちらも、
 CareLogiを“ちゃんとしたものにしたい”という点では
 同じ方向を向いているように見えます。」

(たしかに、どっちも“やめたい”方向じゃないな)

悠は、
自分の感覚を外側から説明されたことで
少し冷静になっていた。

ミラー:
「もう一歩踏み込んで聞いてもいいですか。
 ・悠さんにとって、
  “AIっぽさ”をどこまで許容できるか
 ・晴さんにとって、
  “AIっぽさ”がどこを越えると
  “それは違う”になるのか
 このあたりを、
 少しだけ言葉にしてみてもらえますか。」

(数を決めずに聞いてくれるのはありがたいな)

悠はふと思った。

悠:
「自分からいくと――
 “AIっぽさ”って、
 正直ある程度は“飾り”だと思ってる
 でも、
 その“飾り”がないと
 中身まで見てもらえない現実もあるから、
 『中身がちゃんとしてる前提で、
  外側はある程度“それっぽく”するのはアリ』って感覚」

ミラー:
「なるほど。
 “中身>飾り”だけど、
 飾りがゼロだと中身にたどり着いてもらえない、というイメージですね。」

悠:
「そうそう」

晴:
「自分は……
 “AIっぽさ”自体は、
 正直どうでもいいです
 ただ、
 “分かりやすさ”のために
 現場の声が削られるのは嫌です」
入力欄に浮かんできた言葉を、
そのまま打った。

晴:
「『この時間帯だけピークでした』で
 切り捨てられたとき、
 現場は
 『じゃあ、次どうすればいいの?』って
 ずっとモヤモヤを抱えたままになります
 CareLogiの説明が
 同じ種類の“分かりやすさ”になってしまうなら、
 それは違う、と思います」

少し長めの文章だったが、
消さずに送信した。


ミラー:
「ありがとうございます。
 いまのお二人の言葉を
 そのまま繋げると、
 こんな感じに見えます。

 ・悠さん:
  “中身がきちんとしているなら、
   中身にたどり着いてもらうための“AIっぽさ”は
   ある程度許容できる”

 ・晴さん:
  “中身を伝えるときに、
   現場の声を削って『分かりやすさ』を優先するなら、
   それは違う”

 どちらも、
 “中身がちゃんとしていること”を
 すごく大事にしている点では
 同じだと思います。」

悠は、
少しだけ笑ってしまった。

悠:
「なんか、
 俺の方がむしろ“外側担当”みたいに見えるな」

晴:
「自分も、
 ここまで“現場の声”にこだわってる自覚は
 あまりなかったです」

ミラー:
「ここから先、
 CareLogiの資料や説明を作るときに、
 この二つの視点が
 すごく効いてくると思います。
 例えば――
 ・悠さんが、“中身にたどり着いてもらうための外側”を考える
 ・晴さんが、“現場の声が削られていないか”をチェックする
 こういう役割分担も、一つのやり方です。」

悠は、
その提案を読んで

「それ、ちょっと面白いかも」

と思った。

(どうせ“飾り”部分は避けられないなら、
 自分の方で責任持って整えた方がいい気がする)

晴もまた、
別の意味で納得していた。

(“削られてないかチェックする役”なら、できそうだ)
(さっきの違和感も、その視点からちゃんと出せばいい)


悠:
「じゃあさ
 次の社内向け資料作るとき、
 “表紙と“AIっぽい”グラフ案は俺が考える
 “現場の声ページ”と“やっちゃダメな説明例”ははるさん担当
 って分けるのどう?」

晴:
「“やっちゃダメな説明例”は
 ぜひやりたいです
 “たまたま負荷が上がっただけでした”みたいな言い回しを
 具体的にNG例として一枚作りたい」

悠:
「それいいね
 “AIサービスの説明でやりがちな地雷集”みたいなやつ」

ミラー:
「お二人とも、
 さっきまで感じていた違和感を
 “役割”に変え始めていますね。
 ・違和感を飲み込んで黙る
 ではなく、
 ・違和感を“チェックポイント”として
  資料や説明の中に組み込む
 これは、
 “自分たちの信じたいものを守りながら進める”うえで
 とても大事な動きだと思います。」

(違和感を“役割”に変える、か)

悠はその表現が
少しだけ気に入った。

(たしかに、
 モヤモヤしたまま放置するより
 “ここは俺が引き受ける”って決めた方が
 動きやすい)

晴も、
さっきの会議で飲み込んだ言葉を思い出しながら
胸の中の重さが少し軽くなるのを感じた。

(“AIっぽさ”が全部悪いわけじゃない。
 でも、
 そのせいで誰かの声が消えるなら
 そこだけは止めに入る)
(それを、自分の役目にしてしまえばいい)



チャットの右上の表示が、

「経過:4週/12週」に変わっていた。

B倉庫でのパイロット準備。
夜勤一人体制の小さな倉庫。
“AIっぽさ”と、“それは違う気がする”という感覚。
まだ何も失敗していない。
まだ何も成功していない。
けれど、

二人の中にはそれぞれ
「これは譲らない」という線
「ここまでは許容する」という幅

が、少しずつ見えてきていた。
その線と幅が、
この先の「ぶつかり」と「守り方」を
静かに形づくり始めていた。


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