「やりたくないことはやらない」が難しい|毎日焦っていた私が、マイペースな夫から学んだこと
私は最近まで、「やるべきこと」と「やったほうがいいこと」の区別がついていなかった。
気づくと「やったほうがいいこと」を全部「やるべきこと」に昇格させて、自分を追い込んでしまっていたように思う。
夕飯に出来合いのものばかりだと食費がかさむし栄養が偏るから、できるだけ料理するべきとか。
休日は子供が楽しめることをしないといけないとか。
部屋が汚れていたら掃除しないといけないとか。
洗濯物が乾いたらたたんで収納しないといけないとか。
こんなふうに、やらなければいけないと思うことばかりになって、それが思うようにできないと、焦りが生まれて周囲にイライラしてしまったりする。
これを緩和させてくれた生きた見本が旦那さんだった。
彼は驚くほど、自分の欲求に正直でマイペースだ。
周りにどう思われるかより先に、
やる気がしないことはしない。
無理だと思ったらやめる。
やらなければいけないことの範囲が狭い。すごく狭い。
狭すぎて共同生活に支障があったので、
長年「もうちょっとやろう」と声をかけ続けて何とか妥協点にたどり着いた。
私が、あれもこれもやらなきゃいけない!とひとりでイライラぴりぴりしていた時に旦那さんに言われたことがある。
「嫌なら、やらなきゃいいのに」
言われた時、私はものすごく虚しさを感じて、
「あ、そう」と、思ってそれについては二度とやらなくなった。たしか、旦那のお弁当作りだった。
やめてみたら、確かにやらなくても生きていくのに支障はなかった。
改めて考えると、
思うようにやれないのは既にキャパオーバーだからだ。
でも、その時は本当に、
それができない自分の努力が足りないせいだと思っていて、
仕事も家事も育児も、なんとか全部こなそうと必死だった。
やるべきことをやらないと、
存在を許されないような気持ちがあったと思う。
でも旦那さんは違った。
必死にやってる私の横でマイペースを崩さず、
できないことはできないと即答する。
その対応に失望したこともあったけど、
救われたこともあった。
こんなに何にもしないで堂々としてていいのなら、
私だって少しはサボってもバチは当たらないのでは?
この時初めて自分の中で、
やるべきこととやったほうがいいことが、
明確に分かれ始めた。
やらなくても、死なないなら大丈夫。
惣菜に頼ったって、家計の帳尻は別なところでも合わせられる。栄養だって、一日二日偏ったって、何とかなる。
子供と家でだらだらする休日だって構わない。
部屋が多少汚れてても死なない。
乾いた洗濯物がカゴに積まれたままでも生活はできる。
こうすることで、気持ちが楽になって、
ぴりぴりすることが減った。
やったほうが良いことをやることより、
自分の気持ちを守ることのほうが大事なのだと知った。
思えば旦那さんが、何かに焦ってイライラしてる姿を見たことはほとんどない。
いつも無責任にマイペースにそこにいて、
でもいつも同じ調子で、安定していること。
それって実はすごいことなのかもしれないと思った。
とはいえ楽をするにも限度もあるし、
あまり手を抜くのは自分の矜持が許さないこともある。
自分が許せる範囲と無理をしない範囲、
後々困らないようにする範囲を試行錯誤で調整しながら、
自分の機嫌を取ることを優先して生きていく。
…なんてきれいにまとめてみても、自分の機嫌を取ることを覚えたからといって、急に余裕が生まれたわけではない。
正直、今でも毎日キャパオーバーなので、
いい加減フルタイム共働きの子育ては無謀であることを社会で浸透させてほしい。
