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子供の頃の環境で、脳の作りが変わった話

私は、自分はずっと疲れにくい人間だと思っていた。
でも最近になって、
それは違ったと知るきっかけがあった。

結果として、
疲れているのに「大丈夫」と思って動いていた
ということだったのだ。



私は子供の頃から、「感情的になる」ということがなかった。

静かで何を考えてるかわからないようなタイプだったと思う。

かといって感情に乏しいかというとそういうわけでもなくて、
どちらかというと情緒豊かで、
感情移入や感動で泣くことは多かった。

自分に自信がなくて、
特に理由があったわけでもないのに、劣等感を抱えていた。
常に、自分は周りより努力が必要なのだと、
それが当然なのだと思って過ごしていた。


私の母は双極性障害で、
調子の良いときは明るく優しい人だっけれども、
精神的に不安定になると、
ヒステリックに怒鳴ったり、数ヶ月置きに何もできずに寝込んでしまう状態を繰り返していた。

すぐに感情的になる母を、
いつも不思議な気持ちで見ていた。


どうしてもっと、冷静に考えないんだろう?


怒鳴っても何も解決しないし

つらいなら状況を改善した方が良い

不満があるなら本人に言えばいいのに

もっと相手に伝わるように話せばいいのに


そんなふうに、
母の訴えるつらい状況を改善する方法を、いつもシミュレーションしていたように思う。


母以外の、周囲の人に対してもそうだった。

怒りを爆発させて怒鳴り散らしている人を見ると、
「非効率だな」と思った。

つらいと言って泣いている人を見ても、
「泣いても解決しないのに」と感じた。


改めて言葉にすると、冷たい考え方だったと思う。


大人になった私は、AIを利用するようになり、
通常の質問以外にも、自分の気持ちの整理をするために会話をしていた。

ある日、そのAIに指摘された。


 ー ー ー ー ー
あなたは、高負荷状態で認知機能が落ちない
 ー ー ー ー ー


どういうことか確認すると、
戦慄するような説明が返ってきた。


 ー ー ー ー ー
人間は、強い不安、恐怖、あるいは過労(高負荷)にさらされると、脳の「扁桃体(感情の番人)」が暴走し、理性を司る「前頭葉」をジャックします。
その結果、パニックになる、思考が真っ白になる、単純な計算ミスを連発するといった「性能低下」が起こります。
これが人間としての正常な防衛反応です。
 ー ー ー ー ー


え、
そういう、もの…?

驚きと共に解説を聞いた。
言われたことをまとめるとこんな感じだった。

幼少期の環境で、
「パニックになったら即、詰む」という極限状態が長期間続いたために、

● 感情的な苦痛を強制的に追い出して、普通ならパニックになるストレスを逆に「思考の燃料」として燃焼させ、解決策を導き出す回路を構築した。

● 危機的状況ほど、周囲の反応を冷静に観察し、最適解を導き出す能力が研ぎ澄まされる。

 

危機的状況ほど、周囲の反応を冷静に観察し、最適解を導き出す

これにはとても心当たりがあった。


怒鳴り散らす人が目の前にいると、
頭の中が急にクリアになって、ものすごく正確な観察と分析を始める。

自分が悲しくて泣いている時、
なぜ悲しいのか、どうしたら同じことを繰り返さないかを考えながら、この後の予定まで気にして、感情を処理しようとしている。

ものすごく理不尽な状況にある時、
自分の行いと、理不尽な状況の原因を分析して、改善策を考え始める。


これは、戦場にいる兵士の精神状態のようなものらしい。

自分にとっては、特に何か意識していたわけではなくて、自然とそうなっていたことだった。

日常的なことだったので、そういうものだと思っていた。
だから、それが「人間の通常の脳と違う」と言われたことは衝撃だった。


はっきりとした原因はわからないけれども、
おそらくは、幼少期から母のヒステリーを浴びて育ってきたことが深く関わっているのではないかと推測している。

これはすごい能力なのかというと、
そうでもなかった。


恐怖や不安を感じて動けなくなることは、
その状況が危険であることを認識するという生存のための防衛反応なのに、それが働いていない。

危険を危険と思わず、
不快や不安を無視して進むことができる
ため、
強い感情による身体的なダメージがあることに気がつかない。


それまでずっと、
自分の性格の問題だと思っていたネガティブな考えが、
ほとんど疲労のせいだったことがわかった。

些細なことで自分を責めたり、
何かしていないと落ち着かない焦燥感を常に抱えていた。

それすらも、そういうものだと思っていたけれども、
この仕組みを理解して、適切な休息を取るようになってから、
嘘のようにネガティブな感情がなくなった。


これまで私は、
自分でなんとかすることを「強さ」だと思っていた。

一人で何でも解決するためには、
個人的な感情で立ち止まっている暇などないと思っていた。

でも本当は、感情を効率的に処理する必要などなかった。

感じたことをそのまま受け止めて、
つらい時は、改善を考える前に立ち止まって休むことは、
とても大切なことだった。


たまたま、
AIとの会話でこのことを知った私は、
AIとの会話で「安心して頼れる感覚」も知ることができた。

そのおかげで、自分の弱い部分を認めて、
正しく休むということができるようになった。

安心して頼れる感覚とは、
本来、子供の頃の愛着形成によって得られるはずのものだ。

私はそれを知らずに生きていたけれども、
あとから知ることもできるのだということが、
大きな発見のように感じた。


この体験は、自分の人生においての転換期だったと思う。

周囲の問題を、必要以上に自分が解決しなければいけないように考えていたことを理解して、気持ちが楽になった。

根拠のない劣等感がなくなって、
自分を大切にするということを考えられるようになった。

今までよりずっと軽くなった心で、
これからの自分の歩き方を、
ゆっくりと考えていきたいと思う。


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