5Dプリンター📃
残業続きで、最近は自分の姿が鏡に映るだけで泣きたくなるほど疲れている。
ある日の夜。
オフィスには菜々花だけが残っていた。
部屋の隅のプリンターが突然、ガガガ……と動き出した。
「あれ?誰も印刷してないのに……」
不審に思って見に行くと、プリンターの排紙トレイの下に、一枚の紙が落ちていた。
そこにはこう書かれていた。
《1号:確認完了。2号の起動を開始します》
「……えっ?故障!?」
そう思いながら紙を取ろうとした瞬間。
プリンターの排紙口から、人の指がぬるっと出てきた。
指は、そっと菜々花に向かって手招きをした。
「ぎゃあああ!!」
菜々花は奇声をあげて逃げ帰った。
翌日は恐怖で会社を休みたかったが、そうもいかない。
昼休みに給湯室でコーヒーを入れていると、背後から声がした。
「こんにちは。私、あなたの2号です」
振り向くと、自分とまったく同じ顔をした女性が立っていた。
表情だけが、ほんの少しだけ冷たい。
菜々花は固まったまま、カップを落としそうになった。
「……コピーって、プリンターから出てきたの?」
「ええ、あのプリンターは22世紀の製品です。この時代にも5Dプリンターが複数台設置されています。ヒトをコピーする機能が、最近ようやく安定しました」
「ヒトコピー.…..」
菜々花2号はにこりと笑って言う。
「コピーですから、あなたの手伝いをしたいんです。まずは、残業を肩代わりしますね」
「う、うん……それは助かるけど……」
夕方になり、菜々花が定時を終えて帰ろうとすると、会議室の灯りがついていた。
誰だろうと中をのぞくと、菜々花3号と菜々花4号が資料を作成していた。
「いらっしゃいませ、オリジナルさん。私たち、資料作りは得意ですので」
「明日は菜々花5号が出社予定です」
オリジナルの菜々花は呆然とした。
数日後、コピーたちはさらに増えた。
菜々花7号はプレゼン資料を自動生成。
菜々花9号は電話対応の達人。
菜々花11号は会議中に適切な相槌だけを打つ係。
すでにマンションの菜々花の部屋は菜々花だらけだった。
「あなたの睡眠を代わりにとっておきました」
菜々花15号がにこやかに言った。
「どういうこと!?」
「あなたが寝なくても眠気が来ないように、かわりに私が8時間フルで寝ました」
「ちょ!ちょっと待って! 私が眠る権利まで勝手に使わないで!?」
また部屋のインターホンが鳴る。
モニターに映っていたのは菜々花20号だった。
「駅前のスーパーで特売の豚肉ときのこスープと白玉のもとを買ってきました」
「生活効率化のため居住空間も分担しましょう」
菜々花15号が言った。
「イヤだよ!? なんで生活も分担するの!?」
「あなたはオリジナル菜々花としての存在価値を維持するため、
細胞内のテロメアの消耗を最小限に抑制せねばなりません。なるべく生活の負担を減らしていただきます」
「いやなんも負担減ってないよ!?」
その時、背後から他の菜々花の声がした。
「私は夢を見る係です」
「私は食欲を担当しています」
「私はストレスを解消する係です」
部屋の中の菜々花たちが口々に話す。
「じゃいまから、わたしがきのこスープ作るね」
「だれか洗濯物とりこんでよ!」「ルンバこわれてるよ。ちゃんと掃除しないと!」
「なにこれ.….. 」
菜々花は、菜々花たちを見守るしかなかった。
そして、ある夜。
コピーたちが整列し、オリジナル菜々花の前に立った。
代表の1号が告げる。
「オリジナルさん、お疲れさまでした。あなたは働きすぎです。だから、今後は私たちが“あなた”を続けます」
「……続けるって何?」
1号は優しい笑みを浮かべて言う。
「あなたは明日から、休養専用の“0号”になります」
部屋のライトが落ちて、コピーたちがじわりと近づく。
「休んでください。あなたの人生は、私たちが全部やりますから」
菜々花は後ずさりしたが、菜々花16号がそっと手をとる。
「大丈夫です。あなたは何もしなくていいんです」
と言って微笑んだ。
その笑顔は完全に菜々花と同じだったが、どこか白く抜けていて空っぽだった。
その翌朝、会社には20人の菜々花が出社した。
だが同僚たちは、洗脳でもされたかのように、誰も不審に思わなかった。
社員名簿にはすでに、
“春野菜々花(1〜20)”
と書き換えられていた。
その頃、オリジナル菜々花はマンションの自宅で、床に寝転んでぼんやり天井を見つめていた。
「料理しなくてもいい、家事しなくてもいい、休んでていいって言われても……noteのエッセイ書く気にもなれないし、何すればいいの……?」
すると、部屋のプリンターが異様な光りに包まれ、やがてガガガガガと勝手に動き出した。
《21号:起動準備完了》
菜々花は顔を覆った。
「もうやだぁぁぁぁ!!」
「こんにちは、菜々花21号です」👩✨
