亀戸「ロサ アスール」——看板に「ミルクティー」と書いてあるスペイン料理店が最高だった
亀戸といえば、まずメゼババ
グルメ好き、レストラン好きの人間の間で「亀戸」といえば、まず頭に浮かぶのが「メゼババ」というイタリア料理店です。2013年に亀戸のスナック街みたいな路地裏に誕生して、カウンターだけの小さなお店なのに、とんでもなく美味しかったので噂がどんどん広がっていって、みんなが亀戸を目指すようになった。いつしか「亀戸の奇跡」と呼ばれるようになったお店です。「貧乏人のパスタ」も日本ではここから有名になった気がします。
このメゼババは2023年に表参道へ移転してしまって、今はもうこちらにはないんですが、やっぱり私たちの間では「亀戸といえばメゼババ」という印象が強烈に残っていて、以来足が遠のいて。今回は数年ぶりに亀戸を目指したわけです。
亀戸の意外な素顔
ただ、メゼババがあったのは亀戸駅の南側で、駅からも数分だったので、本当の亀戸と出会ってなかったんですね。今回、北口で降りてびっくりしました。
ホルモン屋さんだらけなんですよ。
亀戸といえば、私の記憶では1953年創業の「亀戸餃子」——餃子とビールしかない、ひたすら餃子を食べてビールを飲むという潔いお店——と、江戸時代から続く「亀戸升本」の素晴らしいお弁当に入っている江戸野菜・亀戸大根のたまり漬け、それぐらいだったんですが。
実は2002年に「亀戸ホルモン」が大ヒットして以来、あたりにホルモン屋さんが乱立するようになったんだそうです。有名な「ホルモン青木」さんも大行列でした。亀戸ホルモンの初代料理長・吉田明広さんの力で大ヒットした後、どんどんホルモン屋さんが増えていったようで。仕入れ先もすごくいいらしいんですが、ホルモンは新鮮さが大事ですから、人気が出て回転すればするほどおいしい、という好循環もあるんでしょうね。吉田さんはホルモン番長の異名を持ち、2014年に「初代吉田」というホルモン屋さんをオープンしていて、こちらも大人気です。
亀戸餃子は麻布台ヒルズのマーケットにも入っていまして、最近はイートインスペースまでできているみたいです。でもあの本店の独特の雰囲気がいいんですけどね。
本題、ロサ アスールへ
さて、ようやく本題です。
目指すお店「ロサ アスール」があるのは、亀戸5丁目中央通り商店街の中。また本題からずれますが、向かう途中、気になるお店を発見しました。「シャンバロ(香吧佬)2号店」という中華総菜のテイクアウト店で、メニューの表記がすべて中国語、並んでいるお客さんもほぼ中国人の方で、むちゃくちゃ本格的そうなんです。絶対買って帰ろうと思ったんですが、営業が夜8時までで、出てきたら8時を過ぎていた……。次回の宿題です。ちなみに1号店は検索しても出てきませんでした。
そのちょっと斜め先に、ロサ アスールがあります。
外観に一瞬戸惑います。もともとタピオカ屋さんだったらしく、当時の看板のままで、店名と「Milk Tea」というロゴがまだ残ってるんです。1年ほど経つのでさすがに変えようと思っているとおっしゃっていましたが、ある意味目印です。
シェフ・二階堂拓麻さんのこと
ご主人は二階堂拓麻さん、35歳。赤羽出身で、19歳で飲食業界に入り、21歳からスペイン料理の道へ。代官山の「サル・イ・アモール」にもいらっしゃったことがあるそうで、実は私もオープン当初にうかがっていたんですが、予約のメッセージを送ったら覚えてくださっていたんですね。もう15年近く前の話なんですが、名前の字面が記憶に残っていたようで。でも、こういうことを覚えている人というのは、うまくいくんですよね。
赤羽出身なのになぜ亀戸で?と聞いたら、「赤羽は家賃が亀戸の2〜3倍するんですよ」と。びっくりしました。駅前にせんべろのお店がたくさんあるのでてっきり安いのかと思っていたら。どうやって成り立っているのか、逆に不思議になりますよね。
2025年の8月8日オープンで、ペンキ塗りもご自身とお仲間で。商店街の中で一番若い店主として最初はよそよそしく扱われていたそうですが、今ではすっかり一員になっているそうです。こういうのもいいですよね。コミュニケーション力が強いのでしょう。
お店はカウンター4席にテーブルが2席の計6席。完全ワンオペです。そして夜中の3時まで営業しています。
締めはパエリア、という革命を目指して
なぜ夜中の3時まで営業しているかというと、飲み屋が多い街なので、飲んだ後に何か食べて帰りたい人が多い。二階堂さんはそこで、「しめはラーメンではなく、しめパエリアを」という習慣を亀戸に根付かせたいと考えているんです。素晴らしい野望だと思います。
そのパエリア、絶対食べてほしいんですが、本当に最高でした。魚介のパエリアをいただきましたが、サフランではなくスペインの乾燥パプリカ「ニョラ」を使っています。ムルシア州のパプリカで、これをオイルで戻して、パリッと弾けた皮ごとパエリアの出汁に使う。サフランの代わりにニョラを使うというのはムルシア流なんだそうで、これが風味も色も豊かで。エビも頭から全部出汁を取っていて。最初に柔らかい部分を出してくださって、最後におこげの部分をいただく。これがまたうまい。確かに締めに最高だと思います。

魅力的な料理の数々
メニューは定番と黒板メニューがあって、それほど多くはないんですが、どれも魅力的です。
特にぜひ食べていただきたいのが、シェフがシグネチャーメニューとして考えている「牛タンのレボサダ」。マドリードの伝統料理で、牛タンを8時間かけて柔らかく煮込み、さらに天ぷらに近い軽い衣で揚げて、ソースと絡めたもの。上には万願寺唐辛子がのっています。見た目のインパクトもあって、本当に軽やかで柔らかくて、ソースとの一体感も素晴らしい。これは確かに名物料理となるでしょう。

「水ダコのパプリカソース」や「アーティチョークのサルサベルデ」も良かったですし、「モンタディート」というスペインのオープンサンドもおいしかった。シェリーも揃っています。ワインもグラス800円、ボトル4千円台からと、やさしい値段です。アラカルトなのも嬉しい。実は当初はコースにしたかったらしいんですが、亀戸の街の雰囲気に合わないかなということでアラカルトにされたと。これは正解だと思いますね。

山田宏巳シェフのお墨付き
私がこのお店を知ったきっかけは、イタリアンの巨匠・山田宏巳シェフのSNSでした。山田さんは本当に食通で、ラーメンから何から美味しいものを食べまくっている方で、私が尊敬している食の先輩なんですが、その山田さんが絶賛していたので気になっていたんです。
二階堂シェフに聞いたら、山田さんはもう5回ほどいらっしゃっていて、貸し切りでいろんな料理人を連れてこられたこともあるとか。用意した料理を全部食べ尽くして、「まだ足りない」とおっしゃっていたと(笑)。さすがです。でも確かに、シェフに自由に料理を作ってもらって貸し切りで食べてみたいとも思います。
亀戸の、新しい奇跡かもしれない
正直、亀戸にメゼババと亀戸餃子くらいしか頭になかった自分を反省しました。商店街の中にこんな素敵なスペイン料理店がある。しかも予約が全然取れないわけでも、めちゃくちゃ高いわけでもない。なんとも美味しいものが亀戸の商店街の中にふっと出現しているということに、大変感動しました。
誰かが「新・亀戸の奇跡」とか言い始めるかもしれませんね。ぜひ覚えておいてください。「ロサ アスール」です。
この記事は、ポッドキャスト「大木淳夫の いま行くべき店、死ぬまでに行くべき店」#010の内容をもとにしています。音声版もぜひお聴きください。
