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【『Mine or Yours』宇多田ヒカル歌詞考察】


《考察》

鼻歌のような冒頭のイントロは些細で平穏な生活への淡い期待の匂い。風で靡く白いレースのカーテンに朝日がさす情景が浮かぶ。

理想の自分と現実の自分とのギャップを感じていた。僕が君に抱く好意をありのままに伝えられず、君を泣かせた事をとても後悔している。

自分を大事にするというのは他者とは違う自分の個性を受け入れるという事。自分の異質さを受け入れなければ、他者の異質さを受け入れ、尊重し、守ることさえできないだろう。また、自己否定している僕は君が僕のことを好きになってくれたことも否定してしまってる気がする。君の思いを守れていない。

相手の気分を察知して、僕が君に対して元気が出るまで寄り添う姿勢が見られる。お互いの趣味趣向は尊重し合っている。

道を選ぶということは様々な考えの中から一つ選び行動するという事。「選ばなかった道を失う」と断言していることから、後戻りは出来ない覚悟が前提にある。一緒になりたいけど自分と相手の個性も尊重する事を両立するには夫婦別姓がいいかもしれない。

少し関係が冷めた事で夫婦別姓が頭によぎったのかもしれない。互いの違いを認めた上で関係を何度でもやり直せるよ。不安材料も二人の思いやりでなんとかなるよ。(材料と味付け次第という表現で家庭的でラフな問題である印象を与え、ポジティブな見方をしている)

二人の関係を長く継続する為には、時には離れることも必要かもしれない。程よい距離感で何かあればいつでも駆けつけ、君の好きなコーヒーを買っていくよ。僕は緑茶を買って家で君とゆっくり。いつものように。

君と肌を重ね合わせたい。互いの誤解を解くように君のボタンをひとつずつ外す。真実が明らかになっていくことと、相手の本音を受け入れる怖さを感じながら。

一人はなんて身軽なんだろう。しかし、一人だけの自由を追い求めれば、究極、他者の影響を無視することになる。どこへ行ってもいいと言われると、半端な自由には標識も全部灰色だ。他者は自己の鏡だ。他者と対面することでコントロール不可能という不自由さを感じ、共に生きていくことが真の自由、自分を知ることに繋がる。その象徴が「君はコーヒー 僕は緑茶、いつもの」である。(自由とは選択肢が多くなる事。多くなると返って決断に迷いが生じ、不自由になる)

僕の名字にする?or君の名字にする?人生は迷いと共にある。

この曲を一言で表すと好きな人の好きな人を目指すことと個性(アイデンティティ)を大事にしたい気持ちとが衝突した曲。しかし、歩幅を合わせようと努力する様子が描かれている。理想的な結婚をしよう。

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