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ご褒美の一杯を試した夜──そして、やっぱりお酒の前では無力だった

独立2ヶ月目。
ようやく生活のリズムも整い、仕事も順調に進みはじめた。
固定の契約もでき、来月の売上目標も早々に見えてきた。
そんな安心感からか、「ご褒美の一杯くらいならいいんじゃないか」と思ってしまった。
もう以前のようにお酒に振り回されることはないはずだ——そう信じて出かけた夜だった。

ご褒美の一杯を求めて

独立2ヶ月目。
ようやく少しずつ仕事が軌道に乗りはじめた。
固定の契約をもらい、別事業でも売上が立ち、来月の目標金額も確定。
「ここまで頑張ったんだし、少しくらい自分を甘やかしてもいいんじゃないか」
そんな気持ちが心のどこかで顔を出した。

お酒をやめて5ヶ月ほど。
これまでの僕なら、飲みたいという衝動は「抗酒薬」で抑え込んできた。
でも最近は、薬に頼らなくても飲まないでいられるようになっていた。
だからこそ、「お酒をコントロールできるようになった自分を試したい」という気持ちもあったのかもしれない。

そして、その夜。
僕は久しぶりに“飲みの街”へ向かった。

飲みの場で感じた“懐かしさ”と“手応え”

久しぶりの夜の街。
グラスの音や人の笑い声が混ざり合うあの空気に、懐かしさを感じた。
「やっぱり、この感じだよな」
そんな風に思いながら、久々に人の輪の中へ入っていった。

二軒目のカラオケスナックでは、地元の経営者の方々とたくさん話ができた。
仕事の話も人生の話も、シラフのときにはなかなか出てこないような深い会話が自然にできた。
そこでは、“お酒を通じて人と繋がる力”を改めて感じた。

やっぱり、こういう場には独特の温度がある。
肩書きも立場も関係なく、人間同士として繋がれる瞬間がある。
この感覚は嫌いじゃないし、むしろ懐かしかった。

三軒目で崩れたバランス

二軒目までは、本当に良かった。
程よいテンションで会話も弾み、心地よい達成感の中にいた。
「このくらいの距離感で楽しめるなら、もうお酒に振り回されることはないかもしれない」
そう思っていた。

でも、そこからもう一軒行こうとした瞬間に、歯車が少し狂った。
その時点で夜はすでに深く、気づけば三軒目。
もう帰っても良かったはずなのに、どこかで「まだいける」と思ってしまった。

結果、朝帰り。
大きなトラブルはなかったけれど、翌朝は強烈な二日酔いと、重たい酒鬱がやってきた。
楽しかったはずの夜が、まるで夢のように遠く感じた。

たぶん僕は、お酒を飲むと「もう一軒」が止められない。
それが、自分の中の“無力さ”だと改めて思い知らされた。

それでもリカバリーできた自分を褒めたい

翌朝は、正直きつかった。
体のだるさ、後悔、そして独特の酒鬱。
何度も繰り返してきたこの感覚に、もう一度出会ってしまった。

でも、今回は違った。
昼過ぎには体を動かし、ストレッチをして、部屋を片づけた。
水をたくさん飲み、風呂に入り、少しずつ頭の霧が晴れていくのを感じた。
「もう同じ失敗をしたくない」と思いながらも、
「それでも立て直せている自分がいる」と気づけたのは大きかった。

以前の僕なら、罪悪感と自己嫌悪で1日中寝込んでいたと思う。
でも今は、ちゃんと現実を受け止めて、行動でリカバリーできた。
この違いこそ、断酒を通して身についた“自己回復力”なんだと思う。

お酒とどう付き合っていくか、今の答え

今回のことで、改めて思った。
僕はお酒を完全に「敵」とは思っていない。
楽しい時間や人とのつながりを作ってくれる一面もある。
ただ、その“線引き”を守ることが自分には難しい。

二軒目までは良かった。
人との会話も刺激も、すべてが心地よかった。
でも、たった一歩踏み越えた瞬間に、またあの無力さと苦しさに引き戻される。
そこにはもう、「ご褒美」なんて言葉は通用しなかった。

たぶん僕は、“飲まない方が自由でいられる人間”なんだと思う。
飲んでいる間は楽しくても、翌朝に残るのは後悔と喪失感。
だからこそ、「もうお酒を飲まない」という選択を、また一から積み上げていこうと思う。
なので、また抗酒薬を服用し始めた。
これを飲めば飲めない体になるので、最低でも完全に薬が抜ける一週間程度は、お酒を飲むこと自体が出来ない。

そして、今回の経験を通じて一つ思いついた。
「ノンアルでも人と自然に繋がれる場」を、自分で作ってみよう。
飲まなくても語り合える空間、偶然の出会いを楽しめるオフ会のようなものを。
お酒を捨てたことで失った“場”を、自分の手で再構築していきたい。
まずは、そういったイベントに自分が参加して、どんな気持ちになったかを試してみたい。

今回は失敗だったかもしれない。
でも、“立ち直れる自分”と“新しい可能性”を見つけられた夜だった。

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