ネガティブ・ケイパビリティ 不確かさ、不思議さ、疑いの中に居続ける力①
私が「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を初めて聞いたのは、群馬県高崎で開催された、昨年の日本集団精神療法学会での入江杏さんの特別講演でした。入江杏さんは、世田谷一家殺人事件のご遺族で、想像を絶する悲しみや苦しみの中でどのように生きていくかを模索され、文筆活動や講演、イベント等を通じて喪失の悲しみに向き合う人たちに語りかけ、また語り合い、数年前には都内に実際に顔と顔を合わせて集えるスペース「あはひ」を開設したそうです。入江さんの講演を聴きながら私は、涙の波が幾重にも広がり、静かなエネルギーの波紋の中で自分(自分たち)が漂っているような連想をしました。中でも、辛い現実を生き延びるときに必要なのは、ネガティブ・ケイパビリティすなわち「宙ぶらりんの状態に耐え、そこに居続ける力」であるというお話が心に引っかかり、色々な書物を読んだり調べたりしていると、この概念はキーツという詩人が私的な書簡に書き残した言葉が発祥であるということや、それをイギリスの精神科医であるビオンが取り上げて精神療法の概念として用いたこと、甘え理論で有名な土居健郎先生や国内外の複数の精神科医が、患者さんの話を聞き取り、理解を進めていく上で重要な、治療者のこころのあり方として言及していることを知りました。
かつて私が臨床心理学を学び始めたばかりで、何もかも興味深く貪欲に勉学に励んでいた頃、臨床指導の先生から「君は『わかる教』の信者だな、わかることがそんなにすごいことなのか。」と言われた時、頭が痺れたような衝撃を受けてうろたえてしまいました。その場面が鮮明に蘇り、「ネガティブ・ケイパビリティ」とはあのことだな、とピンときました。
わかることで得られる快感はとても強いものがあります。反対に、答えを保留すること、わからないことをわからないままにしておくこととは、欲求不満に耐えることであり、とても難しいことです。私たちは、小学校で学級会に参加する頃から、会議では結論を出すことが当たり前という常識を植え付けられます。クイズでは早く答えを出したほうが勝ち、試験でももちろんわからないままでは点をもらうことはできません。
世の中にはわかることよりもわからないことの方が多いはずなのに、答えがわかりそうもない問いに向き合うことは「時間の無駄」「何の意味がある」「役に立たない」と、問いそのものを遠ざける傾向があります。わかることが、考えることの成果であるという発想では、考えることそのものが軽んじられてしまいます。すると、「わからないこと」を必要以上に恐れて思考停止に陥ったり、わからない自分はダメなんだと思って目を背けてしまうでしょう。ビオンは、「答えは問いの不幸」「答えは好奇心を殺す」とまで言っているそうです。タイパの時代にそんな悠長な時間はないよ、という声も聞こえてきそうですが、すぐにわかる答えを追い求めることで、「納得できない」「何か引っ掛かる」というわずかな違和感に蓋をして、こころの大切な部分が置いてきぼりにされているかもしれません。
私たちは、自分の人生を生き抜く上で避けて通れない問いに行き当たることがあります。答えが簡単にはわからないような問いであれば、とても苦しい時を過ごさなければならないかもしれない。そんな時にカウンセリングにできることは、問いそのものを掬い上げ、落ち着いて「わからない」にどっぷりと浸かり、ああかもしれない、こうかもしれない、いや違うかもしれない、と言い合える時間と場所を作ることではないかと思います。
(②に続きます)
団子坂こころのカウンセリングルーム-KIKU-カウンセラー
臨床心理士 髙橋あすか
参考文献
入江杏(2025)わたしからはじまる−悲しみと表現のあわい−.集団精神療法, 41(2), 129-132.
土居健郎(1992)「新訂 方法としての面接」医学書院
帚木蓬生(2017)「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」朝日新聞出版
帚木蓬生(2025)「ほんとうの会議 ネガティブ・ケイパビリティ実践法」講談社現代新書
W.R.ビオン(1967)負の能力.「W.R.ビオンの三論文」所収.クリス・モーソン編、福本修訳.岩崎学術出版社.
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