ネガティブ・ケイパビリティ 不確かさ、不思議さ、疑いの中に居続ける力②
(①からの続きです)
さて、つい最近のことですが、私はKIKUルームがあるこの千駄木地域で、ネガティブ・ケイパビリティが生きている会議を目の当たりにしました。それは、「小学校の老朽化した校舎を建て替えるにあたり、新しい学校はどのようであると良いか」というテーマを話し合う会議で、学校づくりの全体的なコンセプトから、場所や空間をどのように創るか、それをどう運用できるかという具体的なことまで話し合われます。会のメンバーは区の教育委員会によって招集された、学校教員の代表、PTA代表、学区域の町会の代表など、学校に直接関わりのある学校関係者と地域の住民です。そこは、結論を出すことを目的としない、「ただの意見」を遠慮なく言い合う場でした。
地域の人が集ったり交流したりできる場にしたい、学校が苦手な子にも居場所になる空間を作りたい、広いグラウンドにしたい、子どもたちの安全管理を徹底したい、防災拠点として誰でも安心して利用できるようにしたい、開放感は欲しいが近隣の住民へも配慮したい、グラウンドに仮設校舎が立っている間も子どもたちが外遊びや体育ができるように工夫したい・・・
行政側では、もちろん結論を出して計画を推進するための会議が持たれるでしょうが、学校を建て替えるにあたって、こんなふうにいろいろな立場の人間が「ああでもない、こうでもない」という意見を出せる場所を長期的、定期的に作っていることがまず新鮮で驚きです。さらに感心することは、その会には、どうでもいい、どっちでもいい、言ってもしょうがない、という投げやりな雰囲気がありません。立場が違えば意見も違うという前提が共有され、和気藹々と自由に発言し、相互に尊重して聴き合い、それぞれに充実感を持って散会するという会合はなかなか素晴らしいと思います。これぞネガティブ・ケイパビリティの精神ではないでしょうか。そんな会議が実現するのが、この千駄木地域の良さなのかもしれません。
この会議はタスクグループであり、グループカウンセリングのような治療的グループとは性質が異なります。しかし、ネガティブ・ケイパビリティが育つ集団とはどんな集団なのかと考えた時、多くの学びがありました。初めのうちは緊張感や不安や懐疑的な思いも抱えながらも、回数を重ねるごとにメンバー間の信頼関係や、リーダーシップをとっている行政と招集された側である現場との信頼関係が徐々に育っていくこと、そうすると徐々に率直なやりとりが増えていくこと、その結果、人の意見を軽んじたり、良し悪しを競ったり、自分の意見を押し通すような気負いがなくなり、ネガティブ・ケイパビリティ的な文化がグループ(集団)に醸成されてくるようでした。会合を継続的に重ねることの大切さはもちろんですが、これらのプロセスは、学校や子どもたちが地域に愛されていること、学校がある場所や地域全体に対する愛着に支えられていると思います。また、この土地で子ども時代を過ごした人、子育てをした人、一人一人の歴史や経験、それにまつわる思いなどの豊かなバックグラウンドも感じられました。人と場所の要素が重なり合って、ネガティブ・ケイパビリティを織りなしていたように思います。
ネガティブ・ケイパビリティは、一人で追求していこうとすると息が詰まってしまうこともありそうですが、グループでなら楽しいものです。人と人との対話の中で実現するとしたらとても創造的で、開拓者のようなワクワクを感じられるかもしれません。「わかった!」という一瞬のスッキリ感も爽快ですが、尊いのは「答え」より「問い」なのだという恩師の教えを忘れず、問いを立て、探究することを楽しめる自分でいたいものです。
団子坂こころのカウンセリングルーム-KIKU-カウンセラー
臨床心理士 髙橋あすか
参考文献
入江杏(2025)わたしからはじまる−悲しみと表現のあわい−.集団精神療法, 41(2), 129-132.
土居健郎(1992)「新訂 方法としての面接」医学書院
帚木蓬生(2017)「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」朝日新聞出版
帚木蓬生(2025)「ほんとうの会議 ネガティブ・ケイパビリティ実践法」講談社現代新書
W.R.ビオン(1967)負の能力.「W.R.ビオンの三論文」所収.クリス・モーソン編、福本修訳.岩崎学術出版社.
文京区千駄木にある心理相談室です。
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