見出し画像

【本編無料】深夜の散歩【ショートショート】

 僕は何も手につかない夜は散歩に行くことにしている。何も考えず財布と携帯だけを持って部屋を出た。外の風は冷たくアパートの3階からは何かの明かりが遠くに見える。入り組んだ道を抜け大通りまでやって来た。人通りはほぼない。車は当然走っていない。静かな夜だ。

大通りを左に曲がり歩き始めた。ずんずん進んでいく。ほとんどのお店は眠りについていて深夜2時までやっているファミレスが目的地かのように光っていた。通りすぎる時に店の中を覗くと若い女の子があくびをしていた。目が合っては気まずいとすぐに目を逸らした。この時間に1人でファミレスにいる若い女の子。勝手に背景を想像してしまう。何か辛いことがあったのだろうか。誰かを待っているのだろうか。バイト終わりだろうか。それとも深夜にパフェを食べたくなったのだろうか。考えても仕方がないことをぐるぐる考えるのも散歩の醍醐味だ。

 交差点に差し掛かった。どこへ進もうか。信号が青になった方にしようか。そうだ今日は散歩のルートを信号に委ねよう。

 信号に従い進んでいくとそこは緩やかな坂だった。相変わらず店は寝ていて動いているのは自分だけだった。ふと人類が1人だけになったことを思ってあれこれ考えてみた。きっとその人間は電気や水道が止まってもコンビニやスーパーの電池とミネラルウォーターで賄うだろう。缶詰やレトルトを食べれば生活には困らない。アイスはすぐに溶けてしまうことを思い出して、好きなアイスをたらふく食べてお腹を壊すだろう。しばらくして、畑で野菜を育て始める。人類が消えてもニワトリはいるだろうか。いたら卵が手に入る。しばらくは普通に生きられるだろう。でもある日、動物園からライオンやトラが逃げ出したらと焦り始める。ぼーっと考えていて気付くかもしれないし、街でライオンに遭遇して初めて気づくのかもしれない。きっと人の手によって維持されることなく老朽化した動物園からは動物達が逃げ出す。山にいた熊だってやってくるかもしれない。どこが安全だろうか。見張り役をしてくれる人間はいない。自分が1人だけになった恐怖よりも恐怖を感じ、僕みたいに歩いて自分以外の人間を探し始めるだろう。ただ信号機は光ってくれない。僕みたいに代わりに道を決めてはもらえない。

 2つ目の信号に出会った。信号の決めたルートは直進だった。変わり映えのしない寝ているお店と僕だけの世界。ふとこの世界の普通は僕が基準なのではないかと思えてきた。だって今ここには僕しかいない。他人と違うことに悩まなくていい。周りと同じになるために姿形を変えなくていい。少し足が軽くなった。

 ずんずん進んで行くと閉鎖された高速道路の入口が見えてきた。使われなくなった高速道路はトンネル状のシートで覆われ入口はトタン板で蓋がされていた。移動手段をテレポーテーションに統一したこの世界では、政府が車を買い取ると大々的に発表したことで車狩りが始まった。見つかってしまえばすぐに売られた。政府は盗まれた車であっても買い取り、移動手段の統一化を最優先にした。そして車は一部のマニアが大事に保管するだけになった。車はひっそりと生きるしかなくなった。近々、公道を走ることが禁止されもうすぐ信号機もなくなるらしい。道がなくなる日も近い。

 もうこの先には閉鎖された高速道路しかない。信号もない。僕はトタン板の細い隙間に身体をねじ込み高速道路に入った。そして静かに車になって走り始めた。ここなら誰にも見つからない。


あとがき

ここから先は

1,269字

¥ 100

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が参加している募集

チップというものを貰ってみたいので「なんかこのnoteいいな」と思ったらチップください!!