『時間はちゃんと流れていた』
スマホのカメラロールから、3年前の写真を見返していた。
写っているのは確かに自分なのに、どこか知らない人みたいだった。
顔は同じなのに、雰囲気が違う。笑い方なのか、目の奥の感じなのか、自分なのに不思議な感覚があった。
写真の中の自分は、どこか肩に力が入って見えた。
もし今の自分が、あの頃の自分に何かひとつ声をかけられるなら、
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
と言うと思う。
頑張ることも大切だけれど、景色を見る余裕も同じくらい大切だから。
あの頃は前へ進むことばかり考えていた。
でも今振り返ると、本当に大切だったのは速さではなく、そのときどんな気持ちで過ごしていたかだったのかもしれない。
「ああ、時間ってちゃんと流れていたんだな」と思う。
写真の中の自分は変わっていた。
そして変わったのは、自分だけではない。
昔よく通っていたスーパーは、いつの間にか閉店していた。
仲の良かった友達とも、いつの間にか連絡を取らなくなっていた。
ある朝、洗い物をしていると、お気に入りだったマグカップの取っ手がぽろっと取れた。
スーパーもなくなり、友人との距離も変わり、マグカップも壊れてしまった。
そんなことを思い返しているうちに、ふと「諸行無常」という言葉が頭に浮かんだ。
当たり前だと思っていたものほど、静かに変わっていく。
もしかすると、自分もそのひとつなのかもしれない。
少し寂しいような、それでいて不思議と穏やかな気持ちになった。
気づけば、前の自分なら書かなかったような文章を、今はこうして書いている。
3年前の自分は、まさか文章を書き、誰かに読んでもらえることを喜んでいるなんて想像もしなかったと思う。
あの頃の休日は、ジムへ行くことばかり考えていた。
仕事が終われば体を鍛え、休みの日も鍛える。
少しでも成長したくて、少しでも強くなりたくて、前へ進むことばかり考えていた。
今は仕事を終えたあと、静かにヨガをする時間が好きになった。
呼吸を整えながら、自分の頭の中を眺める。
そんな時間に、以前は気づかなかった心地よさを感じている。
同じ体を使うことでも、求めるものはずいぶん変わった。
当時よく会っていた人とは疎遠になり、その代わりに新しい縁が増えた。
暮らしも、考え方も、人との関わり方も、気づかないうちに少しずつ変わっていた。
だからこそ、あの写真の中の自分が少し遠い存在に見えたのかもしれない。
3年前の自分は、今の自分を想像していただろうか。
きっとしていなかったと思う。
今日の自分も、今日の気持ちも、きっと今日しかない。
今日という日は当たり前に続いていくようで、二度と戻ってこない。
そう思うと、なんでもない一日が少しだけ特別に見えてくる。
3年後の自分がまた今日の写真を見返したとき、
「この頃も悪くなかったな」
そんなふうに思えたらいい。
だから今日は、少し遠回りしながら帰ろうと思う。
見慣れた景色も、今の自分で見るのは今日だけだから。
そんなことを考えながら、スマホのカメラロールを閉じた。
時間は、気づかないところでちゃんと流れていた。
