私と平田の(後ろから数えて)第2試合
私が平田を認識したのは、練習生の時だった。
練習生ながらアイアンマンの王座を取り、デビュー戦を王者の状態で迎えるという。
その当時の印象は「普通の子」だった。
普通。
今となっては、平田一喜の武器は最初に感じた「普通」であることだと私は思っている。
特別に身体が大きいわけではない。
逆に、特別に小さいわけでもない。
特別運動神経が優れているわけではない。
でも、平田一喜は「普通」のまま、DDTの頂点に上り詰めた。
2年目くらいだったと思う。
平田は大きな怪我をした。
前十字靭帯と半月板の損傷。
たぶん誰にも言ってないだろうけど、その時の怪我はおそらく今でも本人の不安要素のはず。
でも、平田は辞めなかった。
プロレスも、DDTも。
この時、辞めなくてくれてありがとう。
今の私は、本当にそう思っている。
怪我から復帰して、平田はひとつの武器を手に入れた。
「TOKYO GO!」のダンスである。
髙木三四郎がふざけて試合で踊らせたのが発端だ。
最初はただ踊るだけだった。
でも、いつからだろうか。
TOKYO GO!を自分のものにした。
最初は本当の意味で「TOKYO GO!」に踊らされていた。
お客さんは楽しいから良かったかもしれない。
でも、当時私は少し危うさを感じていた。
ダンスを得てしまった分、ダンスに振り回されてしまっていたように見えた時期もあった。
やらされてて「自分のプロレス」を見失ってるんじゃないか。
そう思っていた。
その頃の平田は、使われる立場だった。
心配だった。
いつか嫌になるんじゃないかと思っていた。
人当たりが良くて、優しいから。
押しつけられることが重荷になるんじゃないか。
そう思っていた。
ところで。
私が、明確に平田を天才だと思い始めたのは、以前ABEMAで放送されていたDDTの深夜番組「DDTの木曜 THE NIGHT」でだった。
私はMCという立場で色んな選手に接していたが、平田に関してはとにかくコメントが強い。
思えば。
それまでも、平田の才能は実は要所に散りばめられていた。
私は「天才はエピソードを引く」という、謎の持論を持っている。
平田は強いエピソードを数多く持っていた。
あんまり表で言えないものも多いけど。
コイツは天才かもしれない。
それは、正直新型コロナのちょっと前から感づいていた。
その頃にはもう「TOKYO GO!」を自分のものにしていた。
そしてコロナが明け。
「ひらがなまっする」
というササダンゴが主催する大会が開かれ、そこで才能が一気に開花した。
たぶんだけど、内的な変化があったんだと思う。
もうひとつ私の持論を述べる。
「人間的成長がプロレスラーとしての成長につながる」
おそらく、平田は優しいまま、普通の感性を持ったまま人間として成長したんだろう。
何があったのかはわからない。
いろんな経験をして、色んな感情と戦ってきたはず。
平田一喜はいまや使われるプロレスラーではない。
自分を役立てることができるプロレスラーへと成長した。
今となってはもう「TOKYO GO!」はただの平田の武器のひとつに過ぎない。
だって、平田一喜という人間が面白いのだから。
リングで平田一喜を表現できているのだから。
平田一喜は、普通だ。
だから、すごい。
たぶん、天才だ。
私はたぶん天才じゃない。
天才ではないから、普通じゃない方向で考える。
でも、平田は普通のまま面白い。
普通の範囲内で圧倒的に面白い。
それは、共感できる面白さだし、見てて嫌な思いをしない面白さでもある。
そう、優しい面白さ。
それが何より凄いことだ。
私には手に入れることができない面白さ。
ここまで書いて、ようやく5月4日のvs平田一喜戦の話に到達する。
あの日、私は特別な感情を持って臨んだ。
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