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仕事を休んでいる間に、教育資金と老後資金の資産形成は終わっていた

私は、貯金箱にお金を放り込むような感覚で投資を続けている。

貯金箱にお金を入れるのに才能やセンスなんて要らない。

気づけば、仕事を休んでいる間に、最低限の教育資金と老後資金の資産形成は終わっていた。

けれど、特別なことをした覚えはない。
相場を読んだこともないし、銘柄分析もしない。
そんな投資だ。

資産をかき集めれば、たぶん「億り人」と呼ばれるラインには届いているのだと思う。

投資の話になると、よく「才能」という言葉が出てくる。
相場を読む才能。銘柄を見抜く才能。

しかし、長く投資を続けていると、少し違う気がしてくる。

必要なのは才能というより、持久力なのではないか。

「株式市場は、短気な人から忍耐強い人へお金が移動する装置だ」
こんな意味の言葉を、投資の神と言われるウォーレン・バフェットは言っている。


私は投資の話をするとき、あまり「勝った」「負けた」という言葉を使わない。

もちろん、数字としての勝ち負けはある。
資産が増えれば嬉しいし、減れば少し気分も落ちる。

でも、それをゲームの勝敗のように考えると、短気を起こして長く続けるのが難しくなる気がしている。

投資を始めた頃は、デイトレーダーのようなもっと派手な世界を想像していた。
ニュースでは「億り人」という言葉が踊り、SNSでは短期間で資産を増やした人の話が流れてくる。

投資を始めた頃、自分もいつかそうなるのかもしれない。
そんなことをぼんやり思っていた。

しかし現実は違った。

私の投資は、とても地味だ。

少しずつ、500円でも余ればインデックスファンドを買う。
それだけだ。

銘柄もほとんど変わらない。
全米株か、たまに欲が出てNASDAQ100。
それくらいの違いしかない。

面白い話ではないと思う。

だが、続けているうちに気づいたことがある。
投資というのは、何か特別なことをする活動ではなく、「何もしないことを続ける活動」なのかもしれない、ということだ。

株価は毎日のように動く。
ニュースも毎日流れてくる。

暴落が来たと言われる日もあれば、バブルだと言われる日もある。

そのたびに、何か行動したくなる。

売った方がいいのか。
もっと買った方がいいのか。
別の銘柄に乗り換えるべきなのか。

だが、長期投資というのは、その誘惑と距離を取ることなのだと思う。

何かをするより、何もしない方がいい。

これは、思ったより難しい。

人間は基本的に、何かをしたくなる生き物だからだ。

とくに相場が大きく動くと、気持ちも揺れる。

資産が減ると、不安になる。
増えると、もっと増やしたくなる。

しかし長く続けていると、だんだん分かってくる。

結局のところ、私がコントロールできることは少ない。

世界経済も、金利も、戦争も、選挙も。
個人の力ではどうにもならない。

だから私は、コントロールできることだけをやることにした。

毎月、決まった額を投資する。
生活費はきちんと残す。
そして、できるだけ長く持ち続ける。

それだけだ。

派手な話ではない。
しかし、この地味な作業を何年も続けていると、少しずつ景色が変わってくる。

気づけば資産は、それなりの額になっていた。

もちろん、これは私が特別に上手だったわけではない。
ただ長く市場に居て、小銭を投げる先を貯金箱ではなく証券口座にしただけだ。

私の実感では、投資に必要なのは才能というより持久力に近い。
自分のペースを崩さないように続ける。

それができれば、投資はとても静かな活動になる。

もしかすると、これは投資というより、生活習慣に近いのかもしれない。

焦らないこと。辞めないこと。
歯を磨くように、
日々、少しだけ投資する。

そして、なるべく忘れる。

長期投資というのは、たぶんそういうものなのだと思う。


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