【推し活の極意】時は経てども色褪せない、光GENJIと私のつながり
「お姉ちゃんの気持ちが、今ならすごくよくわかる。」

現在、北海道まで試合を観に行くほどの日ハムへの「推し活」を楽しんでいる妹が、お盆の帰省で帰ってきたときに、こんなことを言いました。その一言が、心の奥に眠っていた私の推し活の記憶を、ふわりと呼び起こしてくれたのです。
中高時代、私は光GENJIの熱狂的なファンでした。CDをすべて揃え、手作りのうちわやボードを持ってコンサートに通い詰め、同じ推しを応援する友人たちと、日々を全力で楽しんでいたあの頃。
でも、大人になるにつれて、そんな自分のことをすっかり忘れてしまっていました。まるで、記憶の箱にしまいこんで鍵をかけてしまったかのように。
けれど、30年の時を経て、再びその箱の蓋が開く出来事が起こります。同窓会での再会、そして、もう一度つながり始めた“あの頃の仲間”たち。
この記事では、私の「30年前の推し活」と「現在の私」をめぐる小さな旅を、綴っていきたいと思います。忘れていたはずの熱量が、再び心に灯る瞬間を、どうぞ一緒に辿ってみてください。
中学2年、私の“推し活”が始まった

私が光GENJIに出会ったのは、中学2年の頃でした。テレビに映る彼らの姿は、まるでキラキラと輝く異世界からやってきたようで、一瞬で心を奪われました。特に、かーくん(諸星和己さん)の笑顔とダンスに夢中になり、そこから私の、今でいうところの”推し活”が始まりました。
当時の私は、CDを買い揃えることはもちろん、コンサートには必ずうちわやハッピ、手作りの応援ボードを持参していました。少ないお小遣いの中から何を削っても、推しのためなら惜しくない。友人と一緒に文字のバランスを考えながらボードを作った夜、ファンレターに何度も書き直して気持ちを込めた放課後――とにかく夢中な日々でした。
光GENJIを通じて出会った友人たちもたくさんいました。推しが同じというだけで、自然と距離が縮まり、放課後や休日に集まっては、語り合いました。熱量を共有できる大切な絆。彼らの話をするときの私たちは、いつも目をキラキラと輝かせていたと思います。
今振り返ると、あの時間こそが、私にとって本当に特別なものだったのだと、しみじみ思います。「あの頃、凄かったな。」と、その情熱と一体感のすごさに、改めて驚かされるのです。
大人になるにつれて遠ざかっていった“推し活”
高校を卒業し、進学や就職など、生活のステージが次第に変わっていく中で、私の中から少しずつ光GENJIの存在が遠のいていきました。
いつの間にか、CDを聞くことも、ビデオを観ることもなくなっていました。部屋に飾っていたポスターやグッズも、ある日ふとした拍子にしまい込んで、そのまま開かずの箱になってしまったのです。
そして気づけば、私は“かつてアイドルのファンだった自分”のことを、すっかり忘れていました。自分でも不思議なくらい、その記憶に触れなくなっていたのです。
どこかで「恥ずかしい」という気持ちもあったのかもしれません。大人になって、現実的な生活や社会の価値観の中で、あんなに夢中だった時間を「子どもっぽい」と片付けてしまっていたのだと思います。
同窓会で再会した「昔の私」

そんなふうに光GENJIの記憶がすっかり遠ざかっていたある日、私は久しぶりに開かれた同窓会に参加しました。
懐かしい顔ぶれと再会し、近況報告をし合う中で、こんなことを言ってくれる友人たち。
「光GENJIのファンだったよね?」
「光GENJI大好きだったよね?」
そんな言葉を聞くたびに、記憶の引き出しが音を立てて開いていくような気がしました。ずっと閉じ込めていた“あの頃の自分”の記憶が、ゆっくりと蘇ってきたのです。
最初はちょっと恥ずかしい気持ちもありました。でも、私が忘れていたあの頃の自分を友人たちがちゃんと覚えていてくれいる。その事実が、驚きと同時に、とても嬉しく、あたたかく感じました。
あの頃の私は、確かに存在していた。推し活に夢中になっていたあの時間も、思い出も、ちゃんと誰かの記憶に残っていた。
そのことが、「昔の自分」を見つめ直す、大切なきっかけになりました。
30年ぶりに再会した、あの頃の“推し仲間”

同窓会をきっかけに、私はある友人と再びつながることができました。彼女は、私と同じく光GENJIの大ファンだった“推し仲間”のひとり。中高時代、何度も一緒にうちわを作り、コンサートで声を張り上げていた、そんな存在でした。
「久しぶり!」という言葉とともにお互いに近況報告をして、話題は自然と光GENJIの話へ──懐かしい思い出話が止まらなくて、お互いに自然と笑いがこぼれました。
30年という歳月が流れたはずなのに、光GENJIという共通の記憶が、あっという間に私たちを“あの頃”に引き戻してくれたのです。
大人になった今、生活スタイルも考え方もずいぶん変わったはずなのに、「好きだった気持ち」だけは何ひとつ色褪せていないことに気づきました。むしろ、今だからこそ言える言葉があるように思います。
「また一緒に語れて嬉しいね」「この思い出、やっぱり宝物だね」
30年前に共有した“推し活”が、今になって再び私たちをつないでくれたこと。あの頃の自分を思い出せる相手がいること。そのすべてが、じんわりと心に染みる、かけがえのない再会となりました。
今、あらためて考える。私にとっての「光GENJI」
30年前の記憶──それはもう自分の中で“昔のこと”としてしまい込んでいたはずなのに、思いがけずそれを鮮やかに引き出してくれたのは、あの頃を一緒に過ごした友人たちでした。
同窓会で「光GENJIのファンだったよね?」と声をかけてくれた人たち。
30年という時間が経っても、私を“あの頃の私”として覚えていてくれたことが、どれだけうれしかったか、言葉では言い表せません。
そして再会した“推し仲間”と、再び笑い合えるようになったこと。
推し活を通じて築いたつながりが、今でもこうして続いていることに、不思議なご縁と感謝を感じています。
かつてはどこか恥ずかしさもあり、忘れかけていた“あの頃の自分”。
でも、“あの頃の自分”が、友人たちの記憶に残って、今の私にそれを思い出させてくれている。
そう考えると、光GENJIは、当時大好きだったアイドルというだけでなく、今また、私にとって、新たな意味を持ち始めているように思います。以前のような熱狂的な気持ちではなく、こうして過去の私と現在をつないでくれる光GENJIに、あたたかく穏やかな気持ちで、「ありがとう」と感謝したいです。
あなたの“あの頃”、覚えていますか?

今の生活の中で、ふと立ち止まる瞬間。
思いがけないきっかけで、すっかり忘れていた過去の自分と再会することがあります。
私にとって、それが「光GENJI」でした。
あの頃、何よりも夢中だったもの。誰かを応援する気持ち。
そして、それを一緒に語り合えた仲間の存在。
どんなに時間が経っても、“好きだった気持ち”は消えることなく、静かに、でも確かに、私たちの中に残っているのだと思います。
この記事を読んでくださったあなたにも、そんな“あの頃”があるのではないでしょうか。
忘れかけていた自分を、ふと思い出すような――
そんな優しい記憶に、たまにはそっと触れてみてもいいかもしれません。
🎀最後までお読み下さり、ありがとうございました。
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