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顔面取引市場|【狸の短編小説】

 人生は、画面に表示される数字で決まる。
 人間の価値は、入手した顔で決まる。

 評価点、通称RP

 顔面取引市場FSEで使用される、
 この世界唯一の通貨。

 毎朝もまた。
 鏡に映るありふれた顔に、溜息をつく。

 「量産型顔セット・モデル7K
 
 プラスチックじみた肌の質感に、
 誰の記憶にも残らない、凡庸な目鼻立ち。
 
 「顔面ローン」の返済通知が、
 ニュースのごとく押し寄せる。

 この顔ですら、借金が前提のイかれた仕様だ。

 街を歩いてみよう。
 ほら、芸術作品が微笑みかけてくる。
 
 「評価貴族

 生まれながらに、高いRPを継承した卑怯者。

 その圧倒的な顔面格差の前では、
 誰もが固唾を呑んで、見守るしか無い。

 変わりたかった。
 だから、全てを評価稼ぎに投じる。

 「魂無き善行」を動画に収め、
 人々の感情を動かす言葉を紡ぐ。

 評価稼ぎの方法論を広め、評価を稼ぐ。

 睡眠を削り、心をすり減らし、
 ただ、数字だけを見つめた。

 結果、RPは急騰する。
 世界は実に単純だ。

***

 まず、光彩が揺れる、最高級の義眼を買った。
 次に、知的な印象の、彫りの深い鼻筋を。

 月額制の「感情サブスク」で
 「魅惑の笑顔・プレミアム」を導入した。

 世界が、私にひれ伏した気がする。

 かつて、私を見下していた者たちが、
 羨望の眼差しを向けてくる。

 ついに、選ばれし者フェイスホルダー
 仲間入りを果たした。

 フェイスホルダー達は必ず、
 FSE主催の式典に、招待されることとなる。 

 出席した私の肩を叩いてきたのは、FSE理事。

 「君の新しい顔は素晴らしいね。
  
  どうかな、我々の仕組みは。
  『生まれつきの不運』という呪いから
  人類を解放した、優秀な仕組みだろう?」

 彼の滑らかな顔は、一点の曇りもない。
 その言葉は、純粋な善意である。

 しかし、その裏側は、
 「炎上恐怖症」という見えない束縛状態。

 RPの暴落が怖くて、
 当たり障りのないことしか言えない。

 完璧な笑顔を顔面に貼り付けながら、
 心はいつも真冬の荒野を彷徨っている。

 私は、遅かった。

*** 

 破滅は、頂点で訪れる。
 講演の最中に、それは起こった。

 成功を妬む者が、飲み物に仕込んだのだろう。

 「感情表現が実行されます
 という警告が出た瞬間。

 顔は制御を失った。

 「皆様の支えが…」

 感謝を述べようとした唇が醜く歪み、
 下卑た嘲笑を浮かべた。

 聴衆を見下し、侮蔑する。

 それが「感情のバグ」だと
 気づいたときには、もう遅い。

 その瞬間を捉えた映像は、
 デジタルタトゥーとして拡散された。

 崖を転がり落ちるように、暴落するRP。

 「お客様のRP残高では、
    このパーツは維持できません」

 無機質な音声と共に、
 一つ、また一つと剥がれ落ちる顔の部品。

 痛みはない。だが、魂を抉る。
 喪失感が全身を襲った。

 恋人は去り、友人は消える。
 数日のうちに、都市の底辺へと沈んでいった。

***

 最低限の線画で構成された「素体顔」。
 誰でも分かる「評価難民」。

 絶望の中、地下に広がる区画に迷い込んだ。
 そこは、RPの支配が及ばない場所。

 FSEの仕組みを拒絶した者たち、
 「アノニマス」の巣窟だった。

 ガラクタを貼り付けた顔に、
 ペンキで乱暴に描かれた顔。
 古びた仮面をつけた顔まで。

 彼らは「FSEのブタ」と私を罵る。

 その中に、彼女はいた。
 
 瓦礫から拾ってきた鏡の破片を貼り付け、
 その上に毎日、違う絵を描いている。

 彼女は廃品で顔を作る
 「ジャンク・アーティスト」だった。

 「評価されるための顔なんて、
      息苦しいだけじゃない」

 彼女はそう言って、筆を渡そうとする。
 
 誰にも評価されない、
 表現のためだけに、存在する顔。

 今まで見た、どんな高級な顔よりも、
 切実に輝いて見えた。

 私は決めた。
 
 なけなしのRPをかき集め、最も安く、
 価値がないとされる商品を買う。

 「キャンバス顔

 機能も、造形も、何もない。
 ただ真っ白なだけの、のっぺらぼうの仮面。

 ひび割れた鏡の前に座る。
 そこに映っているのは、真っ白な私。

 評価されるべき特徴も、
 隠すべき欠点もない、無限の無。

 震える手で筆を取る。
 彼女がくれた、何の変哲もない筆。

 インクをつけ、
 ゆっくりと自分の顔に近づける。

 震え、よろけ、しかし決して途切れない。
 確かな線が、白い世界に引かれた瞬間。
 
 鏡の中の「誰か」が、
 初めて私自身になった気がした。

 この顔が評価されるのかは、分からない。
 だが、もう数字に怯えることはないだろう。

 私の価値は、私が描く。
 不完全で、矛盾だらけのこの顔こそが、
 私の尊厳なのだから。

 夜が明けようとしていた。

 世界は何も変わっていない。

 そして、私自身も。



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