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陽実の円環|【狸の短編小説】

我は名も無きもの。

大地の乾いた息吹と
天上の灼熱の溜息を運ぶ放浪者。

見よ。
天蓋に座すは巨大な赤色巨星。

その揺るぎなき光は、
あらゆる影を地上から消し去る。

青々とした葉脈の、一本一本にまで
その威光を焼き付けている。

我はその熱を孕み、
乾いた土の上を滑っていく。

そこに、一本のたくましき蔓が、
緑の腕をどこまでも伸ばしていた。


蔓はやがて、
その先端にひとつの結び目を作る。

天の巨星が地上に遣わした、自らの写し身。
地に映る小さな太陽。

「陽の実」

それは初め、小さく、硬き青さだった。

日ごと夜ごと、
天の眼差しを浴びては、膨らみを増していく。

緑の皮には、
夜の闇を裂く、稲妻のような縞模様が走る。

それはやがて、
ひとつの小天体として完成に近づいていった。


ひと夏のあいだ、
我はその実の傍らを、飽きずに行き来した。

その滑らかな表皮に触れれば、
内に秘められた熱と、
熟成へ向かう、かすかな胎動。

これは、甘い天文学。

皮一枚を隔てた内側で、
壮大な宇宙が生まれつつあるのだ。

人がそれを、ただの果物と呼ぶのなら、
あまりに真理を、知らぬ物言いだ。

この陽の実は、ひとつの閉じた世界。
世界卵に他ならない。


やがて時は満ちる。

蔓と実を繋ぐ、細き命綱は、
役目を終えたように枯れ始める。

もはや、天上の親からの活力は届かぬ。

だが、その内部宇宙は完成していた。


我は知っている。

その、分厚い緑の天球の内側。
燃えるような赤色の虚空が広がる、
果肉の銀河が渦を巻いている。

その赤い宇宙に無数に浮かぶ黒い粒。

この小宇宙を創造主、親なる太陽の、
記憶の結晶なのだ。

重みに耐えかねた陽の実は、
ゴトリ、と音を立てて大地に還る。

熟れすぎたその身が、
内なる宇宙の圧力に耐えかね、
パカリ、と口を開く。

ひと夏の神話の、静かな終焉。

果肉の銀河は崩壊し、
甘い香りを放ちながら、
母なる土へと吸い込まれていく。

だが、それは滅びではない。
死ではない。それは回帰。

見よ。
大地に散らばる、黒く硬き雫を。

あれこそが、宇宙の種。

我は、そっと寄り添い、
囁きかけるように空気を送る。

その硬い殻の内側、凝縮された宇宙の中心。
そこに、消えぬ一条の光が宿っている。

次なる創造の礎となる、始源の光。
この光こそが、終わりを始まりへと繋ぐ、
約束の灯火。


種は大地の揺り籠に抱かれ、
やがて来るべき目覚めの時を待つ。

その内なる光が再び天を目指す時。

それは新たな芽吹きとなり、
天上の太陽を求める螺旋の旅を始めるだろう。

己の尾を食らい、
永遠に転生を続ける古き蛇のように、
この環に終わりはない。


我は万物の目撃者。

天上の太陽は、
見えざる時の農夫として、
地上に自らの種を蒔き続ける。

死は生の糧となり、生は次なる死へと向かう。

この輪廻の理は、なんと荘厳で、
揺るぎないことか。

さあ、我は行く。

遠くの畑で、またひとつ。
新たな陽の実が産声を上げている。

その揺り籠を、優しく揺らしに。



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