猫の幸福|【狸の短編小説】
暑い夏の路地裏。
大きな茶トラ猫のトラが、サッと飛びかかった。鳩は逃げる間もなく、その首に噛みつかれる。他の猫たちが唖然とする中、トラは大きく胸を張り、獲物をくわえて帰って来る。トラのことを「一番がんばる猫」だと、みんな口を揃えて言っている。
その様子をゴミ箱の陰から、痩せこけた三毛猫のミケが見ていた。空腹で力が出ないミケは、爪を研ぎながら「明日こそは」と意気込んでいる。だが残酷にも、ミケは頑張れば頑張るほど痩せていく一方だった。
冷たい風が吹くころ、ミケにはもうネズミを追いかける元気すら残っていない。毛はパサパサで、人間はミケを見ると、嫌な顔をして通り過ぎる。
一方、トラの体には新しい傷がいくつもできている。縄張りを奪おうとする若い猫が、次から次へとやってくるから。食事のときも、眠るときも、トラは安心できなかった。
そんな様子を塀の上から眺めている、黒猫のクロは大きなあくびを一つ。三匹の中で、唯一クロだけは何も変わらない。
誰も使わない神社の床下で雨をよけ、カラスがこぼしたパンのかけらを食べる。決して満腹にはならないが、ひもじい思いもしない。日が昇ると、いつもの塀の上にのぼって、小さな黒いかたまりになって眠りについた。
ある日、ミケがフラフラと歩いてきて、クロが眠る塀の下に座り込んだ。そして、クロを見上げて、かすれた声で言う。
「どうして、君はそんなに平気なの?」
クロは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと塀から降りてきて、自分が食べようととっておいたパンのかけらを、ミケの前にそっと押し出した。ミケはしばらくそれを見ていたが、やがて夢中で食べ始めた。
その年の冬、喧嘩をする大きな声が路地裏から聞こえてきた。次にトラを見たときには、トラは片方の耳がなくなっていて、足を引きずっていた。トラがいつもいた場所には、別の若い猫が悠然と座っている。
トラはもう誰のことも気にせず、道の端で静かに体を丸めていた。もうトラの影は見当たらない。
一方ミケは、魚屋のおじさんが魚の骨を捨ててくれるのを待つようになった。大きな身は他の猫に取られてしまうが、小さな骨についた肉で満足している。
トラのようにはなれない。そう理解してから、ミケは汚れた姿のまま、前よりもしっかりと歩けるようになっていた。
対してクロは、今日も日の当たる塀の上で丸くなっている。遠くで聞こえる猫たちの声を気にすることもなく、静かに目を閉じている。グルグル、グルグル。気持ちよさそうに鳴るクロの喉音だけが、やけに大きく聞こえた。

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