蔵野孝洋ことほんこん
ず〜っと昔、バスケのフリースローで外して丸刈りになる前後、ゲスト呼んでのクイズコーナーで「僕には関係ありません」って答えで正解を貰い、メンバーの誰かから「怪獣大図鑑」と呼ばれていた。
『ダウンタウンのごっつええ感じ』のワンシーン。
ウッチャンナンチャンやとんねるずより面白いとお笑い通気取りの連中が褒めていたり、雑誌とかの評論家連中もとんねるずやウッチャンナンチャンよりダウンタウンだと評していた。
私には関西弁の怖いあんちゃん2名って感じだった。まあ、当時の彼等は人気者で才能は誰もが認めていたけど敵が多くてって感じだった。偉い人達から批判されてってのもあったみたいだ。
そんなダウンタウンのファミリーの一員が蔵野孝洋で、板尾創路と130Rなんて組んでいたのを知るのは相当後であり、板尾創路がボケで蔵野孝洋はツッコミだった。一応、ダウンタウンファミリーの一員としてそれなり以上に認知されていたけど、板尾創路が役者とかに活動の幅を拡げられたり今田耕司、東野幸治、板尾創路の3人で深夜番組やった時は蔵野孝洋だけハブられたりと不遇な感じがあった(一応ゲスト出演したみたいだが)。
そもそもダウンタウン、そして良く出番あるけど不憫扱いされていた今田耕司と東野幸治のWコージと比較して130Rは腕はたつのに出番がと言われてWコージよりも130Rを出せって人もいなくはなかった。
まあ、板尾創路が役者としての仕事が増えて存在感を得ていきながら、通称であったほんこんが正式な芸名になっていた蔵野孝洋もそれなりに仕事はあった。『明石家マンション物語』で松たか子の格好をした『HERO』のパロディコントとか笑った記憶。
ただ、いつの間にか関西メインになっていって、わけわからないうちにネトウヨコメンテーターに成り果てていたのには、なんだかなぁな気分だった。関東にもネトウヨコメンテーターとしての醜態もとい活躍は認知されてしまい、『タモリ倶楽部』で稀に見る常識人枠くらいがマシな部類だった。
残念ながら吉本興業は関西において大阪維新の会と昵懇になり、在阪メディアも維新の会に汚染され、今田耕司や東野幸治も吉本興業の方針からか蔵野孝洋よりはマシ程度状態になってしまった。
ほんこんこと蔵野孝洋は、今田耕司や東野幸治、板尾創路が遠回しに諷諌するくらいに右寄りコメンテーターとしての地位を確立してしまい、もうイデオローグ染みた物に成り果ててしまっている。
面白ブサイク芸人ながらも相方の板尾創路、そして今田耕司や東野幸治に置いていかれて行くうちにこうなってしまったのだろうか。
まあ、関東在住なんで必要以上に彼の姿を見なくて済むのは不幸中の幸いなんだろうが…。
