一杯の記録|第107話 楽器正宗 本醸造 中取り 無濾過原酒(福島・矢吹町)
一杯の酒から、その土地をたどる。
峻烈な冷気をあとに、
張り詰めた意識を、解く。
福島、矢吹町。
奥州街道、風の抜ける開拓地。
穏やかな風土に、
伝統を書き換える旋律が潜んでいる。
大木代吉本店。
酒造りもまた、楽器を奏でるが如く。
本醸造という器を、最高純度の中取りで満たす。

さて、本題。
香りは、弾ける。
光を透かす、マスカットの瑞々しさ。
口に、含む。
奏でる。
濃密な艶が、微発泡を伴って、
舌の上でステップを踏む。
透明な芯が、潔いキレと重なり、
重層的なアンサンブルとなって五感を揺さぶる。
スペックという楽譜は、要らない。
肩書きを捨て、ただ「旨い」という響きに身を委ねる。
思考が溶け、
ふたたび、自由な旅人へ。
余韻は、風のように。
空白に、
鮮やかな音色が満ちていく。
—— 奏でる。
この一杯は、
心のままに旋律を愉しむための招待状。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
