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一杯の記録|第75話 辨天娘 純米にごり酒 火入(鳥取・若桜)

一杯の酒から、その土地をたどる。

鳥取・若桜。
白壁の土蔵が並ぶ、静かな宿場町だ。

太田醸造場。
なまこ壁の意匠が、この地の時間を静かに留めている。

厚い土の内側に、空気も、温度も。
それは、熟成という名の重なり。

急がない場所だ。
不変であることが、そのまま、この蔵の力になる。

町の時間は外へ流れず、
酒の奥へと、深く沈んでいく。

さて、本題。

立ち香は、低い。
穀物の滋味と、微かな熟成の気配。

口に含むと、力強い酸。
甘えはない。
潔いほどに、研がれた輪郭。

けれど、熱を。
火を潜らせることで、景色は一変する。

冷やで刺した角は丸くなり、
ふくよかな抱擁へと変わる。

熱を帯びたにごりは、肌に触れるようにやわらかい。

それでいて、芯には揺るぎない「農の骨格」が残る。

どちらの姿も、真実だ。

時間と熱の中で、酒はたおやかに形を変えていく。

——からだの奥で、何かが静かに、解けていく。

この一杯は、
そんな“いにしえの輪郭”として、ここに記録しておく。

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