一杯の記録|第101話 白岳仙 純米吟醸 生 桜鼠(福井・東郷)
一杯の酒から、その土地をたどる。
夜の静けさに、
淡い色が溶けている。
桜か、鼠か
その境界は、どこまでも曖昧で。
主張を捨てた先に、
たしかな存在が、立ち現れる。
福井、東郷。
かつて福井城下の台所を潤した、
清冽な一乗谷川の伏流水。
澄みきった水の奥に、
まだ名付けられていない色彩が、潜んでいる。
安本酒造、白岳仙。
桜鼠という名は、
その淡い気配を、そっと掬い上げたもの。
華やぐのではない。
沈むのでもない。
ただ、
静かに、そこに佇む。

さて、本題。
立ち香は、淡い。
気づけば、肌に触れている。
口に、含む。
酸が、線を引く。
迷いなく、端正な輪郭を定める。
旨みが、その内側をなぞる。
空白を、やさしく満たしていく。
余計な言葉は、削がれる。
騒がしさが、遠のく。
残るのは、骨格。
東郷の土と、磨き抜かれた水。
それらが、ありのままに立ち上がる。
軽い。
けれど、儚くはない。
流れる。
けれど、崩れない。
やがて、
光と影が、淡い色彩へと溶けていく。
喉の奥に、
みずみずしい余韻だけを遺して。
背負っていたものを、
そっと、置く。
視線が、まっさらになる。
また、ここからでいい。
—— 滲む。
この一杯は、
次の物語を静かに染めていく。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
