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一杯の記録|第82話 奥播磨 純米吟醸 春待ちこがれて 生酒(兵庫・播磨)

一杯の酒から、その土地をたどる。

兵庫・播磨。
山あいに、肌を刺すような冷たい空気が停滞している。

冬は、まだ深い。

田の土は固く締まり、
水もまた、眠りから覚めない。

下村酒造店の蔵人たちは、
この静寂と呼吸を合わせる。

急がず、抗わず、
ただ、刻が満ちるのを待つ。

ここの酒は、
安易に心を開かない。

整えることよりも、
本質を封じ込めること。

ほどけるのは、
まだ先でいい。

さて、本題。

立ち香は、低く、密やか。
けれど、その奥に潜む「生」の気配が、
かすかに鼻腔を揺らす。

口に含むと、
キリ、と。
一瞬、
冷徹なまでの硬さが舌を打つ。

生酒ゆえの、
瑞々しく、荒削りな衝動。

甘みは、まだ見えない。
その奥底に、
微かな熱を孕んだ苦みと渋みが潜んでいる。

指先を拒むような、
峻烈な手触り。

けれど、それが堪らなく愛おしい。
引っかかりがあるからこそ、
その存在が、深く、長く、身体に刻まれる。

最後は、
未練の一片さえ残さず、鮮やかに切れる。

——まだ、開かない。
だからこそ、目を離せない。

これは、蕾のままの拒絶。

そんな一杯として、ここに記録しておく。

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