一杯の記録|第90話 飛露喜 特別純米(福島・会津坂下)
一杯の酒から、その土地をたどる。
福島・会津坂下。
厳しい冬を越え、春を待つ大地の力が、その名に宿っている。
二兎の滑らかな光沢に心が整ったあと、
自然と手が伸びたのは、この揺るぎない一滴。
求めたのは、饒舌な物語ではない。
ただ静かに、胸に響くもの。
廣木酒造本店が醸す飛露喜。
それは、時代を動かした熱量を秘めながら、
今はただ、そこにあるべき姿として美しく佇んでいる。

さて、本題。
立ち香は、穏やかで、誇り高い。
炊き立ての米が放つ、無垢で、知的な甘やかさ。
口に含むと、
迷いのない旨みが、真っ直ぐに五感を貫いていく。
洗練された瑞々しさを保ちながら、
その奥底には、会津の風土が育んだ太い芯がある。
それは、
彷徨った果てに見つけた、ひとつの答え。
きゅっと、
潔い酸が、余計な思索を削ぎ落としていく。
不老泉の抱擁が安息であり、
二兎の光沢が覚醒であったように。
今、この一杯がもたらすのは、
未来を見据えるための確信か。
旨みは、どこまでも誠実。
広がるたびに、心が凪る。
最後は、磨かれた刀身が光を断つように、鋭く切れて、消えていく。
とどまらない。
けれど、揺るぎない。
最後は、
夜明け前の空気のような、透徹した余韻。
—— 定まる。
この一杯は、静かなる祝祭。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
