一杯の記録|第94話 七賢 風凛美山 純米酒(山梨・白洲)
一杯の酒から、その土地をたどる。
昂ぶった鼓動を、なだめるように。
宿った熱を、野に放つように。
そこにあるのは、
ただ、無色透明な安らぎ。
山梨、白州。
甲斐駒ヶ岳を潜り、花崗岩に磨かれた水。
それはもはや、重さを持たない。
山梨銘醸の酒は、その水の記憶そのもの。
着飾ることを、潔く捨てる。
ただ、透明であることを誇る。
あらゆる物語を飲み込み、無に帰すための雫。

さて、本題。
立ち香は、無垢。
雨上がりの森に差す、光の匂い。
口に含む。
触れた瞬間に、それは液体であることをやめる。
抵抗はない。
ただ、気配となって、喉を滑り落ちていく。
自分と世界の境界が、
氷が水に還るように、静かに、溶け出していく。
米の甘みは、淡雪よりも速く。
酸は、水面を渡る風のように。
引き留めない。
痕跡すら残さない。
やがて、何も残らない。
けれど、私は、
この風景の一部になっている。
—— 溶ける。
この一杯は、
自分を解き放ち、流れに身を浸すための休息。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
