一杯の記録|第106話 戸隠 純米吟醸 生酒(長野・信濃町)
一杯の酒から、その土地をたどる。
穏やかな凪をあとに、
ふたたび、標高の高い場所へ。
長野、信濃町。
霊峰・戸隠のふもとに広がるその地は、
五感を刺すような、清冽な冷気に満ちている。
見上げる稜線は、厳格で、気高い。
その懐から湧き出る水が、この酒の背骨となる。
高橋助作酒造店。
この地の米、この地の水、この地の空気。
すべてが一体となる「テロワール」を、
一滴の狂いもなく結晶化させることに、命を懸ける蔵。

さて、本題。
香りは、青い。
雪解け直後の森に漂う、針葉樹の気配。
口に、含む。
根差す。
呼吸するような生命力が、
標高の高い空気そのままの純度で、喉を潤す。
澄む。
クリスタルのような輝きが、
迷うことなく、己の芯を貫いていく。
深い森の奥、誰にも触れられていない泉のような色気。
静謐であるからこそ、抗いようもない。
土地の想いが、液体となって浸透し、
私自身の輪郭までも、この風景の一部になる。
一筋の涼風を残して、消える。
己の軸が、ふたたび真っ直ぐになる。
空白だった場所に、
霊峰の冷厳な光が、差し込む。
—— 根差す。
この一杯は、
土地の呼吸を己に取り込むための一滴。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
