一杯の記録|第102話 睡龍 純米 一二三(うたたね)長期熟成(奈良・大宇陀)
一杯の酒から、その土地をたどる。
夕暮れの大宇陀。
足音だけが、古い石畳に響く。
人の気配は遠く、
止まったような時間だけが、そこに残っている。
昨夜の酒で手にした余白に、
ゆっくりと、濃密な何かが流れ込んでくる。
奈良、大宇陀、久保本家酒造。
睡龍(すいりゅう)の一滴。
一、二、三。
眠るように、けれど峻烈に、
時を積み重ねてきた酒。

さて、本題。
色は、深い山吹。
内側に、あたたかな光を宿している。
香りが、抜ける。
乾いたナッツ、あるいは枯れた草原の気配。
甘やかすような熟成ではない。
生酛が鍛え上げた、強固な静寂。
口に含む。
酸が、鋭く立ち上がる。
圧倒的な輪郭で、舌を貫く。
瞬時に、熟みが重なる。
積層した時間が、層となって押し寄せる。
その中心に、微かな甘み。
まろやかに、ほどけていく。
折り重なる。
身体の芯へと、深く沈み込む。
それでも、最後は鮮烈に切る。
久保本家が守り抜く、潔い乾き。
残さない。
けれど、消えない。
唯一無二の骨格が、
記憶に、静かに刻まれる。
やがて、
心地よい熱だけが、残る。
空いた場所に、
時間が、ゆっくりと満ちていく。
語らない。
ただ、そこに在る。
—— 沈む。
この一杯は、
重なった時の奥へと身を委ね、
深く沈み込むための静かな温度。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
