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一杯の記録|第63話 紀土 純米吟醸 春ノ薫風 生酒(和歌山・海南)

一杯の酒から、その土地をたどる。

和歌山・海南。
海と山のあいだにある町だ。
山を巡り、清らかな水が湧く。

冬の空気がゆるみ、
紀州の光の中に、
ゆっくりと春が差しはじめる。

紀土を醸す平和酒造は、
構えすぎない蔵だ。

特別なことを、
特別そうに語らない。

米と水に向き合い、
酒が自然に整うところを待つ。

軽やかだが、
薄くはならない。

そのやわらかな精度が、
春の酒に、
静かな風を通す。


さて、本題。

立ち香は、さわやか。
桜を思わせる、やわらかな香り。

口に含むと、瑞々しい。
春の陽だまりのように、
やさしく広がる。

甘みは淡い。
けれど、痩せない。

軽やかな酸が、
心地よい風のように、
酒の流れを整えていく。

強く主張しない。
それでも、
味わいはまっすぐ伸びる。

重くならない。
軽すぎない。

春の酒らしい、
やわらかな輪郭。

余韻は、
静かにほどける。

最後は、スッと。
風が止むように、
やさしく消えていく。

春の風が、
ふっと通り抜ける。


——気持ちいい。

この一杯は、
そんな“春の風”として、ここに記録しておく。

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