一杯の記録|第62話 天美 純米吟醸 うすにごり生原酒(山口・菊川)
一杯の酒から、その土地をたどる。
山口・菊川。
水の澄んだ町だ。
山に囲まれ、
田畑のあいだを
澄んだ水が静かに流れる。
この土地では、
水は特別なものではない。
暮らしの中に、
当たり前のようにある。
天美を醸す長州酒造は、
古い蔵ではない。
けれど、
酒はまっすぐだ。
一切の妥協を排し、
奇をてらわない。
飾りすぎない。
米と水に向き合い、
酒の形を整えていく。
新しい蔵だが、
造りは軽くない。
そのひたむきな精度が、
グラスの中で
やわらかな霞になる。

さて、本題。
うすく霞んだ酒。
光はやわらかい。
口に含むと、
しゅわりと弾く。
朝露のように瑞々しく、
淡い酸が、光の粒のように踊る。
マスカットのような香りが、
ふわりと広がる。
けれど、
甘みに寄りかかる酒ではない。
軽やかな旨みが、
舌の上をすっと流れる。
中盤、
心地よいミネラルの苦みが、
景色を鮮やかに引き締める。
それが、
きれいに切れる。
霞の酒だが、
輪郭は曖昧にならない。
春の空気が、
少しだけ弾む。
ふっと、
肩の力が抜ける。
——ああ、春だ。
この一杯は、
そんな“弾む霞”として、ここに記録しておく。
