一杯の記録|第84話 大治郎 純米うすにごり生原酒 よび酒 吟吹雪(滋賀・東近江)
一杯の酒から、その土地をたどる。
滋賀・東近江。
雪が解け、その下の土が顔を出す。
鈴鹿の山々から下りてくる水は、
平野を濡らし、
土の奥底に眠る生命を、静かに揺り動かす。
畑酒造の醸す大治郎は、
その泥臭いほどの生命力に、真っ直ぐに寄り添う。
着飾ることも、
削ぎ落とすこともしない。
米が持っていた、
剥き出しの輪郭。
うすにごりの白は、
春を待ちわびていた、大地の吐息か。

さて、本題。
立ち香は、低い。
雨上がりの湿り気を帯びた、
生々しく、懐かしい気配。
口に含むと、
ざらり、と。
細かな澱の粒立ちが、
舌を、直接撫でていく。
それは、滑らかさを拒むような、
無垢で、官能的な手触り。
若々しい苦み。
追いかけてくる、渋み。
整えられていないその「生」が、
身体の奥底を、
じわりと、熱く突き動かす。
呼び酒。
その名の通り、
眠っていた感覚が、鮮烈に目覚めていく。
最後は、
潔く、静かに切れる。
—— 目が、覚める。
この一杯は、目覚めを誘う、生の胎動。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
