見出し画像

一杯の記録|第85話 天明 中取り零号 おりがらみ(福島・会津)

一杯の酒から、その土地をたどる。

福島・会津、坂下。
深く沈んでいた冬が、
音もなく、その身を翻す。

曙酒造が醸す天明は、
その一瞬の、鮮やかな転換を閉じ込めている。

かつて土を濡らした雪解け水は、
いまや、空を目指す蒸気のように軽やかだ。

澱(おり)を纏ったその白は、
もはや濁りではない。
それは、
春の陽光に溶け出した、
無数の光の粒。

とどまらず、澱まず。
ただ、始まりを祝福するために、そこにある。

さて、本題。

立ち香は、無垢。
まだ誰にも踏まれていない、
早朝の新雪のような、冷たくも甘い気配。

口に含むと、
密やかな、ざわめき。

生まれたてのガスが、
舌先で優しく、しかし確実に弾ける。

その刺激は、
まるで、素肌をかすめる薄衣のように。
微かで、けれど、どうしようもなく官能的だ。

きゅっと、
若々しい酸が、視界を貫く。

それは、
昨日までの感傷を、一瞬で洗い流す潔さ。

甘みは、どこまでも淡く。
重さを持たず、
ただ、身体の奥へと透き通っていく。

とどまらない。
揺るがない。
気づけば、意識が、
高く、高く、ひらかれていく。

最後は、
光の残像だけを残して、消える。

——   満ちている。

この一杯は、
新章の幕開けを告げる、光の旋律。
そんな一杯として、ここに記録しておく。

いいなと思ったら応援しよう!