一杯の記録|第108話 天狗舞 山廃仕込純米原酒 生酒(石川・白山市)
一杯の酒から、その土地をたどる。
軽やかな余韻が、消える。
音が、止む。
足元に、重さが戻る。
石川、白山。
湿り気を帯びた風が、肌をなでる。
霊峰の麓。
水は深く、柔らかく、けれど揺るぎない。
車多酒造。
山廃という、時間を引き受ける流儀。
けれど、熟成を待たない。
いま、この瞬間を、そのまま切り取る。

さて、本題。
香りが、立つ。
冷え切った硝子のなかに、麹の熱。
青く、鋭い気配。
口に、含む。
打つ。
幾層もの旨味を纏った酸が、喉を叩く。
搾りたての張りが、内側から膨らむ。
崩れない。
重層的な芯が、中心を保つ。
その奥で、生の息吹が、軽やかに弾く。
重いのではない。
密だ。
音が詰まった、無音の空間のように。
積み重なり、けれど、濁らない。
剥き出しのまま、そこにある。
やがて、
すっと引く。
残るのは、
静かな振動。
喉の奥に、かすかな熱のあと。
血が巡る音だけが、かすかに聞こえる。
空白が、
力を持つ。
—— 放つ。
この一杯は、
内に眠る生命を、呼び覚ますための一滴。
そんな一杯として、ここに記録しておく。
