【創作大賞作品】介護士だった僕が描いた、あの日の話・虐待を報告したら、いじめられクビになりました






これは僕が介護の現場で見たことを、マンガにしたものである。実話に基づいている。登場人物の名前は変えてある。けれど、起きたことは変えていない。
あの病棟には、アンモニアの臭いが充満していた。尿と、便と、老いた皮膚から剥がれ落ちる角質と、饐えた寝汗。消毒液を撒いても撒いても消えへん。鼻の粘膜に染みついて、帰りの電車の中でも自分の鼻の奥からその臭いがした。
認知症のお年寄りが、ベッドに横たわっていた。
この人らかて、昔は誰かの子どもやった。誰かの父ちゃん母ちゃんやった。命、と呼んでええかわからんかった。でも、命やった。
配属三日目の夜。僕は見た。先輩職員が、失禁した老人の頬を叩いていた。ぱちん。ぱちん。乾いた音が、深夜の病棟に響いた。
「やめてください! それ、暴力ですよ!」
僕は叫んだ。二十三歳だった。怖かった。声が震えていた。でも、あの老人の涙を見たら、黙っていることのほうがよほど恐ろしかった。
その夜、僕はすべてを記録に書いた。
翌朝、主任に呼ばれた。「変なこと書いてるから書き直してくれる?」。記録はゴミ箱に捨てられた。部長に報告した。「正義感ぶるなや」。そう言って笑った部長の顔を、僕は今でも覚えている。
翌日から、僕に仕事は回ってこなくなった。朝の八時から、夕方の五時まで。廊下に立ち続けた。誰も目を合わせなかった。味方は、一人も、おらんかった。
僕は白衣を脱いだ。
その日のうちに退職届を出した。膝の皿が熱い地面に押しつけられる感覚があった。悔しかったのではない。あの老人の、声にならん涙を思い出していたのである。
それから僕は書いた。ペンを持った。あの病棟で見たことを、一本ずつ記事にした。三百本を超えた。十二年かかった。
全国紙に載った日、記者会見で部長は言った。「すべて現場に任せていました。私は知らなかった」。その目から涙がこぼれていた。十二年前の、あの老人の涙と、同じ形やった。
まったく、十二年は長かったのであった。
村田は逮捕された。主任も。部長も。病院は三ヶ月後に廃業した。
僕は墓の前に立った。線香の煙が、糸島の空に溶けていった。
「遅うなって、すんません」
老人が、頷いたような、気がした。
このマンガは、僕が介護の現場で経験したことがベースになっている。AIで描いた。ひとコマひとコマ、あの日の記憶を画面に叩きつけるように描いた。
介護の現場には、光もある。僕が出会った優しい職員もたくさんおった。でも、闇もあった。その闇を「見なかったこと」にする空気が、いちばん怖かった。
読んでくれて、ありがとう。
次もこういう話を描く。描かなあかん話が、まだある。
#創作大賞2026 #マンガ部門
