【創作大賞作品】妻が消えたら、家が戦場になった
一人旅なんかできるかよ、と笑った男が、二日目には冷蔵庫の前で崩れ落ちていた。妻がいなくなった台所は、静かに戦場になっていく。四日間、男が学んだこと。




「お前に一人旅なんかできるかよ。現実見ろって。」
そう言ったのは、わし……いや、こいつのほうである。カレーのスプーンを片手に、ニヤニヤしながら現実を突きつけたつもりだったのであった。妻は何も言わず、へそくり四万円と着替え三日分をリュックに詰め、「行ってきます」とだけ言って玄関のドアをガチャッと閉めた。
最初の一日は、余裕だった。「まあ、夕方には戻るだろう」なんて、ソファに寝そべってスマホをいじっていたのであった。
二日目。冷蔵庫を開けたら、何もない。豆腐と栄養ドリンクだけが、やけに白々しく光っている。流しには食器が積み上がり、洗濯物は椅子から生え始めた。スーパーへ行っても、何をどう買えばいいのかまるでわからない。カゴの中身はカップ麺と栄養ドリンクだけなのであった。LINEに「飯、どうすればいい」と打っては、消した。プライドというやつが、最後の砦として仕事をしていたらしい。
三日目。台所はもう戦場の跡地である。鍋は焦げ、服は手で絞り、畳の上には転がったペットボトルとゴミ袋の山。「……すごいな、あいつ」と、思わず声が出た。自分でも意外だったのであった。
一方、妻はというと。温泉に浸かり、ビールを片手に「ふうっ……」とやっていた。「どこにも行けないくせに」という言葉が、少しずつ、静かに固まっていったらしい。ざまあみろ、とは書かないでおく。
四日目、昼過ぎ。妻が帰ってきたとき、男は焦げた匂いの中で、それでも何かを作ろうとしていた。「おかえり」の声は、いつもより少しだけ低かった。妻はリュックを下ろしながら、ただ「ただいま」と笑った。
まったく、現実を見ろと言った男が、いちばん現実を知らなかったのであった。
