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ショートショートその85『さちよ、世界に触れる』/宮崎から京都に来たさちよが、初めてのゲストハウスでの宿泊。63年の人生で、初めて触れた「世界」は……

宮崎から京都にやって来た牧野さちよ(63歳)は、初めて泊まるゲストハウス「京都・スモールワールド」の前で少し緊張していた。

ゲストハウスは、相部屋、素泊まり、風呂・トイレ共用で安く泊まれる宿泊施設。

「いらっしゃい」

娘のような若い女性が笑顔で迎えてくれた。

「初めてのゲストハウスで、ちょっと不安やったけど、明るくていい感じね」

荷物を部屋に置き、夕食の時間になると、共用ダイニングには既に賑やかな声が響いていた。

「ハーイ!日本人の方ですね!こっちこっち!」

アメリカ人らしき青年が手を振った。

その青年に促されるまま、さちよは席に着く。

テーブルを囲んでいたのは、様々な国から来た若者たちだった。

安い宿泊料ゆえ、ゲストハウスにはバックパッカーがよく泊まる。

世界有数の観光都市・京都ならなおのこと、ゲストハウスは国際色豊かだ。

さちよは戸惑い、はるか昔、中学校の英語の時間を思い出し、

「あのね、I can't speak English very well...」

と宮崎弁のアクセントの混じった英語で言いかけると、周りから笑い声が上がった。

「大丈夫ですよ!私が通訳します」

隣に座った日本人の女子大学生が言った。

みんなで持ち寄ったビールやワインが注がれる中、さちよはお茶をいただくことにした。

会話は次第に熱を帯びていった。

「Für den Weltfrieden brauchen wir gegenseitiges Verständnis.」(世界平和のためには、まず相互理解が必要だと思います)

ドイツ人の女性が言った。

「そうね、でも平和って難しいよね」

とさちよは日本語で呟いた。

「La paix mondiale commence par l'éducation des enfants!」(世界平和は子どもの教育から始まります!)

フランス人の学生が熱っぽく語る。

「中国では私たちは言います。世界和平需要所有人的努力」

中国からの留学生が言った。

「Peace comes from within. Do not seek it without.」

インド人の女性が静かに言葉を添えた。

さちよは言葉は分からなくても、皆の真剣な表情に心を打たれた。

しかし、どんどん盛り上がる若者たちの議論についていけなくなり、早めに部屋に戻った。

「やっぱり若い人たちとは違うね...」


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翌朝、まだ誰も起きていない早い時間に、さちよはキッチンに立っていた。

持参した宮崎の米を炊き、出汁をとり、味噌を溶く。

懐かしい匂いがゲストハウスに広がった。

「Wow, what's that amazing smell?」

アメリカ人の青年が寝ぼけ眼でキッチンに現れた。

次々と宿泊客が集まってきた。

「皆さん、おはよう。日本の朝ごはんよ。よかったら食べてね」

急いで用意した白いご飯と味噌汁を振る舞うと、皆の顔に笑顔が広がった。

「Délicieux!」

フランス人が目を輝かせた。

「太好吃了!」

中国人留学生は両手を合わせた。

「This is... how do you say... umami!」

アメリカ人は言葉を探しながら言った。

「とても美味しいです、おばさん」

ドイツ人の女性が覚えたての日本語で言った。

「Bahut swadisht!」

インド人女性は母国語で感謝を伝えた。

「宮崎のおばちゃんの味噌汁が、こんな風に世界中の人に喜んでもらえるなんて」

さちよは感動で目を潤ませた。

朝食の後、さちよはカバンを手に取った。

「今日からスクーリングですか?」

通訳してくれた大学生が尋ねた。

「そうよ。私ね、通信制の大学で日本文化を学んどるとよ。孫に国際的な視野を持ってほしくてね。私が先に広い世界を知らないとって思ってね」

「すごいですね!」

その日、さちよは大学の講義に向かった。

昨夜の世界平和の議論も、今朝の味噌汁も、すべてが彼女の「学び」の一部だった。

人間は言葉が違っても、心は通じ合える。さちよは京都の朝の光の中、そう確信していた。​​​​​​​​​​​​​​​​

【糸冬】

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