ナタリー・ウッドと『ウエスト・サイド物語』:中学2年生の私には、彼女はあまりにも美しかった。
2004年3月30日に他のサイトへ掲載した原稿を加筆修正しました。後半には映画の結末も記載されています。
先日、BS衛星放送で『ウエスト・サイド物語』(1961年)を観ました。
とても思い入れがあり、大好きな映画だから、何十回も映画館で観ました。今ではこの映画のVHSビデオもDVDも持っています。しかしそれでもテレビで再放送があれば、必ず観てしまいます。
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私が中学2年生の秋の頃、『ウエスト・サイド物語』とロックは閉塞感だらけの息苦しい"旧世界"から私を解放してくれました。そして全く別の地平線が広がる世界へと私を導いてくれました。
何かの予兆を感じて、それを観たり、それを聴いたりした直後、自分が確実に変わっていくのを体感したことが何回かあります。
それはまるで脊髄に侵入した"何か"に、背骨を強烈にねじられたような感覚でした。
まさに『ウエスト・サイド物語』がそれでした。
もう自分は今までの自分ではない…
『ウエスト・サイド物語』を観た後、私はそれまでとは確実に違う自分に生まれ変わっていたのです。
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『ウエスト・サイド物語』はニューヨーク・マンハッタンで繰り広げられる白人系グループとプエルトリコ系グループの対立と抗争、その中から生まれた男女の出会いとその悲劇的な結末が描かれた素晴らしいミュージカルです。
ロバート・ワイズのシャープなカメラワークとモンタージュ手法、レナード・バーンスタインのクラシックやジャズをベースにした音楽、そしてその音楽に合わせたジェローム・ロビンスの見事な振り付けとそれを踊りきる力量を備えた俳優たち。
これら全てが混ざり合い、絡み合いながら、対立する若者たちの二日間の物語が淀みなく、小気味よいテンポでスクリーンいっぱいに描き出されます。
鮮やかな色彩、鮮烈であり繊細な音楽、強く感情移入されたダンスシーンなどで構成された『ウエスト・サイド物語』は、あっという間に私をニューヨーク・マンハッタンの街角にワープさせました。
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見事な完成度を誇るこのミュージカル映画の中で、何よりも印象に残ったのはマリア役を演じるナタリー・ウッド / Natalie Wood の美しさでした。
「Por favor, Anita」(アニータお願い) というセリフから始まり、「Te adoro, Anton」(愛してるわ、アントン) で終るまで、マリア役のナタリー・ウッドの美しさは銀幕いっぱいに溢れていました。
中学2年生の私にとって、彼女はあまりにも眩しかったのです。
こんなに美しい女性が世の中に存在するという事自体が信じられなかったぐらいです。そして彼女は私にとって女性美の象徴となりました。それは今も変わらないし、これからも変わらないでしょう。
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昔の映画館はよかったです。こういう懐古的な言い方は好きではありませんが…。
昔は今のように全席指定ではなかったので、一度入館すれば、何度でも繰り返して映画を見ることができたからです。極端に言えば、最初の上映から最後の上映まで、映画館から出ることさえなければ、一日中何回も観ることができました。
だから私は『ウエスト・サイド物語』を一日に三回観ました。最初は全てに圧倒されて、とにかくストーリーを追うのに精一杯でした。当時私は中学二年生で、字幕付きの洋画を観るのは初めての体験でしたから。
だから二回目、三回目を観る時にはナタリー・ウッドの美しさや、音楽と共に凄い迫力で迫ってくるダンスシーンを中心に観ていました。そしてそれらをしっかりと目の奥に焼き付けたのです。
当時、もし今の映画館のような総入れ替え制システムが採用されていたら、多分私は何か凄い映画を観たという実感だけを抱いて帰り、ただ呆然としていただけでしょう。
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しかしナタリー・ウッドは1981年11月29日、撮影中にボートの転覆事故で命を落としてしまいました。その時、彼女はまだ43歳でした。
ある日を境に私はナタリー・ウッドが演じていたマリアよりも年上になりました。そしてある日を境に私はナタリー・ウッドよりも年上になりました。
それでも彼女の美しさは燦然と私の中で輝き続けています。『ウエスト・サイド物語』の中で出会った20代前半のナタリー・ウッドは、いつまでも私より年上の、素晴らしく綺麗な女性のままなのです。

夜のバルコニーのシーン。
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(注)ここからはマリア役ナタリー・ウッドを中心に映画のストーリーに触れていきますので、まだこの映画をご覧になっていない方は、ご了承の上、読み進めてください。
『ウエスト・サイド物語』の主要登場人物:
ジェッツ:
ウエスト・サイドの白人系グループ
リフ:
ジェッツのトップ。トニーの親友
シャークス:
ウエスト・サイドのプエルトリコ系グループ
ベルナルド:
シャークスのトップ
マリア:
ベルナルドの妹。ベルナルドの部下、チノと結婚するためプエルトリコからニューヨークへ来た
トニー(アントン):
かつてはジェッツのメンバーでリフの親友
アニータ:
ベルナルドの恋人
チノ:
シャークスのメンバー。ベルナルドの弟分


これは今夜のダンス・パーティーに着ていくドレスよ」
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夜に催される街のダンスパーティーに
行くことを楽しみにし、心踊るマリア。

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ダンスに行く前の、あどけなさが残っているマリアは
純粋無垢の白いドレスを着ているが、
情熱の色、赤いベルトがアクセントになっている。

ダンスパーティー会場で鉢合わせ。

トニーと出会い、二人は踊り始め、恋に陥る。

ダンスパーティーから立ち去るよう命じられる。

マリアはトニーのことが忘れられない。

夜のバルコニーでマリアと再会。

裁縫店で会うことを約束し、別れる。


イエローは希望や喜び、明るさなどの意味を持つ色。
オレンジは陽気さや楽しさ、幸運などの意味を持つ色。

この時マリアは今夜ジェッツとシャークスが
決闘を行うことを知り、トニーにその仲裁を求める。



会いに来てくれるのを待つマリア

ベルナルドを刺殺したことをマリアに告げるチノ。

そしてそれを許せざるを得ないマリア。
二人は憎しみが渦巻く街から去ることを誓う。

自暴自棄になったトニーは、
仲間のベルナルドを殺され、
許嫁のマリアまで奪われたチノに撃たれる。
対立するグループ間の争いに巻き込まれ、チノに銃で撃たれた瀕死のトニーをマリアが抱き起こし、励まし、二人で交わした約束を思い出させるシーンがとても印象的です。
前半初頭のシーンでは、まだあどけなさの残る若い娘としてマリアは描かれていましたが、このシーンでは愛を知った一人の大人の女性としてマリアが描かれているように思えます。
そしてそのシーンは十字架から降ろされたイエス・キリストを腕に抱く聖母マリアを描いた宗教画「Pietà / ピエタ」のようにも見えます。
宗教画やステンドグラスにおいて、聖母マリアは赤い衣装をまとった姿で描かれる場合が多いです。
このシーンでマリアは、聖母マリア同様に、赤いドレスをまとっています。
これは偶然なのでしょうか?

行くことを誓っていた二人なのだが…
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赤いドレスを身にまとい、
瀕死のトニーを抱き起こすマリア。
そしてトニーが息絶えた後、彼を撃った銃をマリアはチノから受け取り、それを手にして叫ぶ。銃口をシャークスやジェッツのメンバーに向けながら。
「You all killed him!And my brother, and Riff. Not with bullets, or guns, with hate. Well now I can kill, too, because now I have hate!」
「あなたたち皆で彼を殺したの!私の兄とリフも。銃弾やピストルではなく、憎しみで。私も人を殺せるわ、私には今、憎しみがあるから!」
映画の中で極めて重要なこのシーンは今でも頭の中にしっかり刻み込まれています。

死に追いやったのは皆の"憎しみ"だと
チノのピストルを握りながら涙するマリア。

和解の兆しが芽生えた。
画像を借用しているサイト
The film experience
mon cinéma à moi
『ウエスト・サイド物語』のラストシーン
