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タグ付きのまま放置された、エコバッグの幽霊たち


キッチンの引き出しを開けるたび、視界に入ってくるものがある。
クローゼットの扉を開けるたび、モヤッとした罪悪感が生まれる。
バックの底にも、玄関にも、あちらこちらに 「なりたかった私」の残骸が散らばっている。


買ったまま、一度も使っていないエコバッグ。
景品でついてきた、エコバッグ。
サイズ違い。
色違い。
なぜか急増したエコバッグ。


気づけば、家じゅうのあらゆる場所で、静かに生息している。

買った時、たしかに少し気分がよかった。
「これからは無駄袋をやめよう」とか「丁寧な暮らしを始めよう」とか、前向きなことを考えていた。

ところが、家に帰ってクローゼットに入れた瞬間から存在感は急落。
あれほどやる気に満ちていた丁寧な私はどこへ行ったのか。
その後の私は、相変わらずスーパーで、
「袋入りますか」
「いります」


ビニール袋を買い、小さな罪悪感とともに夕飯を持ち帰っている。

それらは、ずっとそこにいる。
一つが二つ。
二つが三つ。
三つが....
あれ。
一つ、増えている。


目に写り込むたび、少し眉をひそめて「今日こそ連れていく?」と、問いかけてくる。
でも、
そう言われても、実際に外へ連れ出したことがない。

「今日は買い物しないし」
「買いすぎる日かもしれないし」
「バックの中は、極力減らしたいし」
あらゆる理由を並べては、タグつきのままそっと眠らせておく。

そしてとうとう、「エコバッグの 良くないところ」に気づいてしまった。

忘れたら困るわけではない、という点だ。

財布や鍵のように命綱ではないから、存在を思い出す優先順位がとてつもなく低い。
だから、レジ袋の有料化が始まったあの日でさえ、私の生活はさほど変わらなかった。

そしてもう一つ、気づいた事がある。
使われていないエコバッグには、未来の私がたくさん折り畳まれている。
いつかの私が描いた、少し意識高めで、余裕があって、環境にも優しい人物像。
その未来像は、きれいに畳まれたまま、ずっとスタンバイしている。


人は誰でも、モノを買うときに未来を決めようとする。
理想の朝のためのマグカップ。
痩せたら着ようと買ったワンピース。
文具屋で張り切って選んだノート。

でも、本当に変わるときは、もっと突然だ。
ある日、急にひゅうっと背筋が伸びる。
ある朝、なぜか無性に掃除がしたくなる。
ある瞬間、すたたたっと動ける。


その日が来るまで、タグつきのエコバッグはそこにいてくれる。
忘れっぽい私のために、いつでもそれが始められるように。

昨日、買い物前にふと思い出して、クローゼットをそっと開いた。
それらは、変わらずそこにいた。
「今日こそ、いく?」と聞いたら、何も返ってこなかった。

当たり前だ。

でも、黙って待っているあの感じが、少しだけ、好き。


たぶん、近いうちに私はこのエコバッグを使う。
いつかじゃなくて、たぶん、そろそろ。
こういう、そろそろが、案外いちばん信用できる。

使われていないエコバッグは、ただの無駄遣いではなくて、未来の私がまだ諦めていない証拠。

「そろそろ成仏させてくれ」
と、タグ付き幽霊バッグの切実な声が聞こえてくる。

これからラボさんで取り上げてもらいました!ありがとうございます♪

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